21、牛の首

「牛の首の流行がきたな」

 鼻を掻きながら、感慨深そうにフォクがつぶやいた。彼の持っている週刊雑誌には「恐怖! 牛の首」という見出しがついている。ロアはのぞきこみながら、ぶーと口をとがらせた。

「やーな流行。インフルエンザじゃないんだから」

 牛の首というウワサがある。「聞いたら死ぬ」という話だ。死因は様々で、保護してもすぐに心臓発作かなにかで死んでしまうという。流行しては自然に消えていき、また数十年後にあらわれるウワサだった。小説の題材にもなり、広く広まったと言われている。

「あれ? 聞いたら死ぬのに、なんでウワサになるの?」

「死ぬ前に伝えようとするんだよ。ある種のウィルスと一緒で、宿主を自分の都合のいいように動かそうとする」

「へえー」

 なるほど。死ぬ前に誰かに伝えてから死ぬようにプログラムされてしまうということか。

「じゃあ、最初の人は誰から聞いたの?」

「それは都市伝説本人にだろうな」

「本人?」

 ええと……とフォクは雑誌から顔を上げる。

「キノコ、あるよな」

「さすがに知ってますー」

「子実体っていうのは?」

「なにそれ」

「キノコの本体は土の中に広がる菌糸なんだ。ときには山を覆うほどになるという。その菌糸が子孫を残すために塊になったのが子実体、キノコのこと。胞子を飛ばすのが役割だ」

「へー……」

「つまり『牛の首』のイメージが本体で、そこから生まれて最初の人に教えたのが子実体、ウワサが胞子という感じだと思えばいい。ウワサによって『牛の首』という都市伝説のイメージがさらに広がる。広がったイメージはもう処分できない」

「うーん……つまり、『牛の首』の本体は人の持ってるイメージで、それが実体だけど形はもっていないってことでしょ?」

 そんな怪談は存在しない。「誰も聞いたことがない恐ろしい話」の名前だけが語り継がれるウワサ。実態もなく、繰り返し語られその現象こそが「牛の首」の本体だ。そう、ロアは理解しているはずだった。

「だって、『牛の首』っていうのは『牛の首』ってラベルが貼られた空っぽの箱みたいなもんで……誰も死んでない、もっともらしいウワサというだけの……」

 フォクがあいまいに笑って、ロアは突然不安になった。

「……なんで私たち、こんな話」

「――本当の話を知ってしまったら死ぬからさ。だから真実が何かわからないようにしておく。……ワクチンみたいなもんだ」

 本当のウワサが現れたら手に負えない。だから偽の情報をばら撒く。『牛の首』というラベルの中身を、無害な情報で書き換えて本物に蓋をする。……例の小説もそのために書かれたのだろうか。いったいいつから。

 これはロアの目では見えないウワサだ。急に背筋が寒くなるのを感じた。

「なーんてな、冗談だよ」

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こちらは都市伝説妖怪管理人 星見守灯也 @hoshimi_motoya

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