第3話 原因
約三か月後、ついに自転速度低下のメカニズムが判明した。
その三か月の間も自転速度は低下し続け、その頃には、地球の自転周期は七十二時間を超えようとしていた。
自転遅延問題研究所の発表は、全世界に生中継された。
なんとなく緊迫した雰囲気の中、トレイシー博士がゆっくりと説明を始める。
内容は、衝撃的なものだった。
直接的な原因は、
トレイシー博士の説明は専門用語と数式を駆使した専門的なものだ。いかにも学者らしいといえば学者らしいのだが、俺には充分には理解できなかった。
だがその後、補足説明に立った女性研究者の解説はだいぶわかりやすかった。どこかの大学教授と紹介されていたから、素人学生を相手に教えることには慣れているのかもしれない。
それによると、まず、太陽の重力によって、潮の満ち引きを起こす力、潮汐力が生まれる。その潮汐力は自転と公転の周期の差を縮める働きをするそうで、これによって最終的には自転と公転が同期、つまり同じ周期になる、ということらしい。
これまでは、太陽、地球、月の重力や距離、質量などのバランスによって、太陽と地球の間では潮汐ロックは起きなかった。それがなぜ、これほど劇的に変化したのかは、現在の科学理論では解明できないという。
自転と公転の同期は、特殊な現象ではない。
最も身近な例としては、月がある。月は二十七日と七時間あまりで地球の周りを公転しつつ、同じ周期で自転している。
また、地球から四十光年ほどの距離にあるトラピスト1という恒星の場合、その周囲を公転するすべての惑星で潮汐ロックが起きている可能性が高い。
俺が理解できたのは、ざっとこんなところだ。もしかすると、理解が間違っているところがあるかもしれないが。
そんなことよりもショッキングだったのは、今後の見通しについて聞かされた時だった。
シミュレーションによれば、地球の自転速度は今後もじょじょに低下を続ける。そして、おおよそ十年から十五年後には自転と公転の周期が完全に一致する。
そのとき、どうなるのか。
まず、地球は常にある片側を太陽に向け続けることになる。地球から見る月と同じだ。要するに、太陽を向いた昼の地域と、その逆の夜の地域が永久に固定されるのである。昼と夜が交互に訪れることは、なくなる。
昼の地域は、気温が上昇を続ける。数年以内に、人間が生活できない環境になるだろう。
問題は、どの地域が昼になるかである。
会見ではこの点について、より正確さを期すため現在精査中であり、パニック防止の観点から、一年以内に対応策と併せて公表することとされた。
その他にも地磁気弱体化のことや、寒暖差が激しくなることによる気流の変化なども説明されたが、最初のインパクトが強すぎてそのへんは耳に入らなかった。
早ければ十年後、彩奈が中学生になるころには、世界の大半は人間の住めない場所になるのだ。
三か月前のあの日、美由紀と彩奈を守ると決意した覚悟は変わらない。だが、もし日本が昼の地域に入ったら、俺は二人をどう守ればいいのか。見当もつかない。
気づけば、俺はテレビの前で震えながら、じっとりと嫌な汗をかいていた。
発表の数日後、社食で昼飯のカレーを食べていると、戸村がやってきて向かいに座った。同じくカレー皿をトレイに載せている。窓の外には、一面の夜景が広がっていた。今は昼の時間帯だから、どこのオフィスも店も煌々と明かりがともっていて、美しいというよりもケバケバしい。
「えらいことになったな」
戸村が話しかけてくる。
「ああ。どうなるんだろうな」
「これもう、映画かなんかのストーリーだよなあ」
「こんなB級映画、見たくないって」
「まったくだ。けどさ、日本がどうなるかわかんねえけど、隆太と尚子だけはなんとかしたいんだよ」
俺は心の中で拍手を送った。
戸村も俺と同じ気持ちだったことが、同志を得たようで嬉しかった。地球規模の大異変を前にして、自分の家族だけは、という考え方はエゴではないか、そんな後ろめたさを感じていたからだ。
「俺も同じだよ。彩奈と美由紀だけは守りたい」
「俺さあ、自分がこんな心境になるとは思わなかったよ。自分だけ先に逃げるタイプだと自分でも思ってた」
「おまえは、そっちのほうが似合いそうだな」
「そうだろ、ははは。まあ、どうすりゃいいかわかんないけど、とりあえず頑張ろうぜ。それと、おまえとは最期まで友達だからな」
「ああ、もちろんだ」
あの後、戸村は証券口座を解約し、平謝りに謝った。
尚子さんはそう簡単に許してはくれなかったが、この異変が起こったため、離婚の話は一時保留となったらしい。戸村の言い方では、執行猶予中なのだそうである。
いい友人をもってありがたかった。
戸村と一緒なら、戸村家と一緒なら乗り切っていける。そんな気がした。
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