第46話 ~深夜0時の月見にて~ 浅葱の語り

 俺は知っている。

 愁一郎のアホは、あのイソギンチャクに忘れ薬を偽って飲ませた。「安定剤だから」っつってな。

 ったく、卑怯な奴だよなあ。俺には、飲ます前にちゃんと説明しろっつって斎藤さんの分を渡したくせに。お陰で俺は、激怒したあの人に薬をポイ捨てされた挙句、平手打ちくらわされたんだぞ。今でも左頬がじんじんしてやがる。 

 まあ結局、あの人が薬を飲まなくてよかったとは思ってるけどな。じゃなきゃ今日の分の記憶がなくなって、また姿消されちまうわ。


 ちなみに木村っちゅう不良野郎は、『ましき』? なんじゃそりゃ? って感じだったから、飲ます必要もなかったみたいだ。あいつはあれだな。修羅場を純粋に楽しんでただけだな。


 しっかし、忘れ薬を飲んだイソギンチャクが乗ったパトカーを見送るあいつのしょんぼり顔っちゃあ、情けなくて見てらんなかったぜ。


 まあ、嘘をついて飲ませた気持ちも、その後でしょぼくれる気持ちも分るがな。

 頭では分ってても、俺らは真識に対して、イソギンチャクが言ってたみたいな擁護ようごはできねえ。だからあの子みたいな存在は居てくれるだけで有り難い。けど、優しくて情に厚い奴ほど、俺たちとは関わらんほうがいいんだ。ああやって巻き込まれるし、心配もさせるからな。愁一郎の判断は、間違ってなかったと思うぜ。


 つーわけで俺は、今から茶を一杯出すお方に、お前を褒めてやろうと思っているわけよ。感謝しやがれ。


「よく頑張りましたね、愁一郎」


 午前〇時過ぎ。俺は、廊下に置かれた肘掛け椅子に座り、ぼんやり外を眺めている継重さんのテーブルの前に、緑茶を淹れた湯呑みを置いた。

 反対の席に、俺も腰をおろす。


 微笑んだ継重さんは「まあな」と息子の頑張りを認めると、ゆっくり茶をすすった。


 今夜は大屋敷に真識が総集結だからな。寝る場所がどこにも無いんだ。明日は菊乃さんのところに車で帰るんだし、俺の家で寝ますかと声をかけたが、眠れそうにないからいいと断られた。だからこうして男二人、廊下でぼんやり月見語りというわけだ。


 虫の声に混じって、同胞のイビキやら寝言やらが聞こえて来る。静かなのかうるせえのかよく分らねえ、奇妙な夜だ。ついさっきまで、ハンター相手にすったもんだやってた事が信じられねえくらい、穏やかなのは確かだが。


「あいつはいい戦力になると思いますよ。もう一回チャンスをやりますか?」


 愁一郎が断薬の仕事をしたがっているのを知っている俺は、断薬チームのリーダーである継重さんに、愁一郎の仲間入りを打診した。けれど継重さんは、「まだまだ」と却下する。


「あいつは人間として半人前だからな。狩る者の相手をしたいんなら、もっと人生経験を積まないと。昨年のあれは、それを分からせるために、わざと失敗するようなケースを当てたんだよ。元々チャンスなんてもんはなかったんだ」


 ああ、うまく断薬治療をやり遂げたら高校入試しなくていいっつって、海外の服用者に愁一郎ぶつけた、あれっすか。あれはちょっとやりすぎだったんじゃないかと、俺は思います。あのオッサン、麻薬も相当やってたし。


「そうならそうと言ってやりゃあいいのに」


「こういうのは自分で気付いてこそ価値がある」


 まあ、ごもっともですが。


「けどですね。あいつはまだ十六のひよっこですよ。まず継重さんの意図に気づくまでに、何年かかることやら分りませんて」


「気付けるなら、何年かかってもいいさ。留年しない程度には同行させてやってるんだから、気付くチャンスは十分にある。その上で気付けないなら、それまでだ」


 相変わらず容赦ないなこの人は。まあそれくらい、あいつに期待してるって事なのかもしれんが。

 親父がいない俺は正直、父親と息子の関係ってのがあまりよく分んねえ。この二人の場合は、真識の複雑な事情がある上に師弟関係も絡んできてるから、相当アブノーマルな親子だしな。

 考えるあまり、いつの間にか唸っていた。クールが標準装備な継重さんが珍しく、声に出して笑う。


「生物は身体・精神・霊性から成り立っているというが、今のあいつじゃ、身体は癒せても、精神と霊性までは癒せないのさ。経験を伴わない頭でっかちの舌先三寸じゃ、強烈なトラウマを抱えたまま何百年も生きている奴らの治療なんて、夢のまた夢なんだよ」


 そしてこの人にしてはまた更に珍しく、悪戯な笑みを浮かべた真識の重鎮は、俺に問いかける。


「ま、今回の一件はあいつにとって、一つのステップアップだ。これからどうするか、見ものだとは思わないか?」


「見もの、っつーと?」


「高校進学なんか眼中になくて、友達も必要ないとか言ってた奴だからな。失った友人関係を自分から取り戻そうとするか、はたまた失ったままにしておくか。興味あるだろ」


 なんじゃそりゃ。

 俺は思わず吹き出してしまった。いやだって、それってただ――


「それって、父親が息子を心配してるだけじゃないんすか?」


「そうともいう」


 穏やかな笑顔で、あっさり認めた継重さん。

 まあ俺はあんたのそういう、無頓着なようで実は情に厚いところも尊敬してるんすけどね。


 さて。愁一郎は明日からどうするでしょうね。今は多分、布団にくるまってふて寝してるんでしょうけれど。あんたの分りにくい父性愛は、あいつに伝わってますかねえ。

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