第45話 ~パトカーの中で~ 伊助の語り
俺は押しこめられた警察車両の中で、呆けたように俯いている。実際呆けているわけじゃねえ。昔の記憶が洪水みたいに襲ってきて、何も考えらんねえんだ。
どんどんどんどん。ほんの一時間前までは思い出せなかった二〇〇年前の出来事が、あの少年を見た瞬間から溢れ出て来る。
あの少年……
当時と比べりゃ随分若いが、あんなにそっくりな人間、いるわけがねえ。少なくとも、俺は二五〇年生きていて、あそこまで瓜二つの人間を見たのは初めてだ。親子だとか双子とか、そういう姿形だけじゃなく、まとっている空気までが瓜二つなんだ。きっとあれは、魂が同じ証拠だ。
そうでなけりゃ、栄さん。すっかり忘れちまってたあんたの名前を思い出したのはなんでなんだ。二度と思い出せねえと諦めていたあんたの穏やかな声が、今こんなにも頭にがんがん響いてるのは、なんでなんだ。生まれ変わりとでも言わなきゃあ、説明がつかねえじゃねえか。
『
そうだ。あんた、俺が仲間に入れてくれって土下座した時、そう言ったんだよな。
飢饉は数年で終わる。苦しいが耐え抜きさえすれば、また穏やかな生活が戻って来る。けれど、自分らの業は終えるまできっと何百年もかかる。それまで自分は何度でも生まれ変わって先祖の失敗を償うんだ、と。
ああ……。思い出したよ。
あんた、俺よりいい着物着て、俺より健康そうで。なのに偉そうに何言ってんだ、って。適当な事言って俺を追い払おうっていうのか、って。俺は大層腹が立った。
あんたの覚悟を信じなかった俺を、許してくれ。
俺はあんたに見捨てられたと、酷い勘違いをした。今の今まで、そう信じて疑っていなかった。
そんなバカな話、ありっこねえのに。
なんで忘れちまってたんだろうな。あんた死ぬ間際、俺にこう言ったんだよ。
『
自分の血溜まりに横たわって、もう死んじまうって時に、自分を手にかけた相手の心配なんざ、よくまあできたもんだ。
命の恩人を殺しちまった衝撃で、俺は記憶に蓋をしたのかもしれない。本当に、つくづく自分勝手な人間だと思うよ。
そんな俺にあんたは、現世でも『諦めるな』と言ってくれた。
また会えるなんて思っていなかった。謝れるとは、思っていなかった。
ああ、生きててよかったなぁ……。
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