第44話 ~さかえさん~ 愁一郎の語り
プレハブ小屋に戻ると、そこでは父さんが名取の両肩を掴んで「何か飲まされたか!?」と問い詰めていた。
名取に覆いかぶさっていたおばさんは、「大人しくしなさい!」と怒鳴りながら他の二人に手錠をかけている。
父さんの剣幕に半ば気圧されながら何度も頷いた名取は、「これ」と床に転がっていた茶色い瓶を指さした。蓋は開いている。僕はそれを拾い上げて中を確かめた。古い紙切れが一枚。他には何もない。
「それ、部長が持ってた不良長寿薬」
僕の手の中にある瓶を見た斎藤さんが、愕然とする。一方、僕と父さんは希望を見出していた。何故ならその瓶は、乾いていたからだ。
「どうやって飲んだ? 錠剤か?」
父さんからの問いに、名取がまた頷く。
「名取、ちょっとごめん!」
僕は名取の首を後ろから右手で支えると、左手の中指と人差し指を名取の口の中に思いきり押しこんだ。
「え!? ちょっと何す、おええええ!」
名取がえづき声を上げて、胃の中ものを吐き出す。
吐しゃ物は少量だった。けれどその中に、真珠玉ほどの大きさをした苔色の丸薬を発見する。
「薬、あった……」
しかも、砕けてもいないし溶けてもいない。僕はほっとしたあまり、尻もちをつくようにその場にへたりこんだ。
「乱暴だなぁお前は。こういう時は水を飲ませてから吐かせたほうが楽なんだぞ」
父さんが名取の背中をさすりながら呆れる。
「ああ、そっか。ごめん」
必死になるあまり、その辺の気遣いをしている余裕がなかった。
名取は僕に向かって親指を立てると、ガラガラ声で「もうまんたい(問題ない)」と言った。許してくれたのは有難いけど、何故に
父さんは吐き出された不老長寿薬を拾い上げると、僕の手から瓶を取ってその中に薬を入れ、蓋をした。
「あの男、正しい服用方を忘れてたみたいだな。助かった」
「ちゃんと、覚えてたと思うよ」
「ん?」
僕は、瓶の中に入っていた紙きれを父さんに見せた。
不老長寿薬の正しい服用は、四〇度以上の湯で溶かしたものを飲むという方法。丸薬のまま飲みこんでも吸収されないように、コーティーングされているんだ。
その紙には、そういった注意書きとともに正しい服用法が、絵つきできちんと書かれていた。
斎藤さんの部長はきっと、吸収されない事を承知で名取に丸薬のまま飲ませたんだ。どっちにしても、許される行為じゃないんだけど……。
僕は他の二人と並んで地面に座り込んでいる疲れ切った部長の背中を見つめた。
誘拐も、変電所を襲った事も、村を狙った事も、罰せられて当然の行いだ。けれど、なんだか割り切れない。すごく複雑な気分だった。
僕らがすったもんだしていた間に、斎藤さんが警察に応援要請をかけてくれていた。そのお陰で、ハンター三人は別のパトカーで連行され、名取のお母さんのパトカーには、先輩と斎藤さんと名取の三人が乗って帰れる運びとなった。
僕達、真識組四人が見守る中、すっかり戦意を失ったハンターたちがパトカーに乗せられてゆく。
列の最後にいた部長さんが、乗車する前にふとこちらを見た。僕と目が合う。部長さんは一瞬、顔を凍りつかせた。その表情は、みるみる驚愕に変わる。
「さかえさん……」
呟いた彼は、「思い出した!」と叫ぶと突然こっちに走り寄ろうとした。警察に腕を掴まれ止められても、狂ったように身を絞って拘束をふりほどき、僕の正面まで走ってきて倒れるように両膝をつく。
身がまえる僕を見上げた部長さんは、「さかえさん! さかえさん!」と知らない人の名前を繰り返し叫びながら、涙を流した。
「いや、僕はその」
「あんた本当に生まれ変わって来たんだな!」
人違いです、と言おうとする前に、彼は僕の台詞にそう被せた。
生まれ変わり。
あまりに突飛な事を言われ、僕は言葉を失った。けれど、族長の『真識の魂は真識に帰る』という台詞を思い出す。
『さかえさん』は、かつて彼が知り合った真識なのかもしれない。だとしたら――
さかえです、とは肯定できない。ちがいます、とも否定できない。
僕は結局、心に浮かんだままの言葉を、目の前でむせび泣いている部長さんにかけることにした。
「真識は断薬法を見つけました。刑期はいずれ終わります。だから、諦めないでください」
途端、彼の両目が大きく見開かれた。とうとう地面に尻をぺたりと落とし、手錠で両手を後ろに拘束されたまま、体を大きく前に折る。
とても苦しそうに「すまんかった」と絞り出した部長さんは、その後、悲鳴のような泣き声を上げた。
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