第40話 ~パトカーに乗り替えて~ 木村大輔の語り
「そうそう。自転車がパンクしてさあ。目撃情報は無くなるわ、人通りは少ねえわで途方にくれてたら、斎藤さんが車止めてくれたんだよ」
「いきなり車道に飛び出してきたら、そりゃ止まるわよ」
ちょっといい話にしてやろうと思ったのに、正直者の斎藤さんが運転席から横やりを入れやがった。
助手席に座る俺は、いいからあんたは運転に集中して下さい、と言って愁一郎との通話に戻る。
『それで? けっきょく、名取、の居場所は、分らないん、ですか?』
愁一郎がはあはあ言いながら喋ってやがる。今何やってんだ? と訊くと
『ちょっと、余計な大荷物を背負って下山してるもんで』
よく分らん答えが返ってきた。まあいいや。先を話そう。
「名取が連れてかれた場所、俺はまるで見当つかんかったんだけどさ。斎藤さんが、思いあたる場所が一つあるとかでさ、今そこに向かってんだわ。いやしかし、すげえ偶然だよな! まさかお前と名取の知り合いに拾ってもらえて、しかも事情めっちゃ分ってっし」
もう神レベルの幸運だぜと言おうと思ったら、電話口で『ああもう!』という、苛立ちが爆発したみたいな叫び声が聞こえた。どうした? と訊くと
『荷物を蹴り落としただけです』
と少しスッキリした様子の答えが返ってきた。まあ、なんでもいいや。続きを話そう。
「それでな。斎藤さんが、とにかく一度お前に電話しろって言うから、こうやって電話してんだけどよ。お前、名取をさらった奴の事、知ってんのか?」
『はい、多分』
マジかよ。愁一郎、お前何者? まさか、闇の組織の一員とか? ははっ。町中停電で大騒ぎだし、なんかめちゃくちゃワクワクしてきたわ。
もっと愁一郎と話したかったんだが、斎藤さんが、ここからは自分に話させろと要求してきた。
仕方ねえからスピーカーモードにして、ハンドル近くのドリンクホルダーにスマホを立てかけてやった。
斎藤さんがハンドルを右に回転させながら、「愁一郎君。斎藤です。聞こえる?」と語りかける。
『はい、聞こえてます』
「村の近くに、うちの基地局がありましたよね。屋外型の基地局には、トラブルが起こった場合に復旧作業員が滞在できるようになっている所が多いの。あそこは山間部の電力網が整備されていない地域の基地局だから、自家発電も可能だし。部長も名取さんも、きっとそこだと思う」
へえ。携帯の基地局って、そんな風になってんのか。泊まる場所に困った時に使えそうだな。
『分りました。ありがとうございます』
お、愁一郎め。やる気になってる声だな。王子様が助けに行きますってか?
からかってやろうと思ったが、斎藤さんに先をこされてしまった。
「ねえ愁一郎君。全部終わったら、ちゃんと聞かせてくれる? 部長が話してた事。私、まだ信じられないの」
しかも超シリアスだし。ふざけてんの俺だけ?
『……僕に権限はないんです。族長か父さんが、首を縦に振らない事には。すみません』
え、なに、愁一郎お前やっぱり変な団体にいんの? しかも親子ぐるみで? 先輩はお前の将来がめちゃくちゃ心配になってきたぞ。
『とにかく、僕たちもそっちに行きます。無茶だけはしないでください。これ以上、浅葱を怒らせたくはないでしょう?』
あさぎ、という名前が出た途端、斎藤さんの顔が赤くなった。ほお。今度はアオハルな展開が来ようだぞ。
まあ何かよく分らんが、俺らは基地局の近くで愁一郎と合流すりゃあいいんだな? ほんで悪の組織から名取を助け出す、と。ついでに愁一郎も普通のオトコノコに戻してやれたらいいんだが。親父もセットじゃ、俺にはちょっと荷が思いかなあ。
しかしなんだ。これは、かなりアメコミな展開じゃねえか。マジでリアルって信じらんねえわ。
子供の頃からアメコミヒーローファンだった俺は、ドキドキ高鳴る胸を両手で押さえて、ニヤける方向に動こう動こうとする表情筋を制し、顔面崩壊を防いだ。
窓の外に目をやると、随分様子が変わってきた事に気付く。町に入って、急に混みはじめたようだ。信号がやられちまってるから、あっちこっちで車が立ち往生してやがる。警察も一応、出て来てはいるみたいだが。これじゃあ、目的地に着く頃には朝になっちまうぞ……。
俺はふと、前の交差点に目をやった。そしてそこに、本日二度目の奇跡を目の当たりにする。
「オバちゃーん!?」
叫んだ俺は、横で突然大声を出されて慄いている斎藤さんに、交差点近くの道路脇へ車を寄せるよう促した。
交差点では警察官が数人、交通整理をしている。俺は助手席の窓を開けると、その中の一人に大きく手を振った。
「おーい! 名取のオバちゃーん! 俺だよ! ご近所だった
★
「なにそれちょっと、聞いてない!」
俺の説明を聞くやいなや、名取のオバちゃんは顔を真っ赤にして怒鳴った。名取を縦にも横にも二回り以上大きくしたビッグバディーが、肩を
娘が誘拐されてるって時に、何も知らされず交通整理させられてたんじゃ、クソッタレくらい出て当然だわな。
激しく共感する俺にくるりと背を向けた名取のオバちゃんは、全身のお肉を揺らしてパトカーに走ると、後部座席の扉を開けて俺と斎藤さんを手招きする。
「早く乗りな、あんたたち! 行くよ!」
よっしゃ期待通り! 俺はガッツポーズをとる。
さっすがオバちゃんだぜ! 一二年ぶりでも、行動力と決断力は健在でしたー!
状況把握が追いついてねえ斎藤さんの手を引っ張って、俺はパトカーの後部座席に飛びこんだ。
ああ~、このビニールシートがかかった座り心地の悪い椅子! 久しぶりだぜ! しばらく補導されてなかったからな~。
オバちゃんがエンジンをかけ、パトカーのサイレンを鳴らす。
「とっとと左に寄りなさい一般車両ども! パトカー様のお通りよー!」
なるほど、豪快さは昔の五割増しかな。結構結構。
「どういう人?」
斎藤さんがおそるおそる訊ねて来た。
俺はにやりと笑って答える。
「名取の母ちゃん。元暴走族の交通課レディーだぜ」
「奇跡的に前科なーし!」
三〇年前に紫の特攻服からポリス服に衣替えした元レディース様は、パトカーを爆走させながら、フロントミラー越しに超絶美しい敬礼をくれた。
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