第18話 ~食べられない斎藤さん~ 愁一郎の語り
浅葱はどこだ。どこにいる。
大屋敷に帰るなり僕は、ふざけた弁当を持たせたふざけた料理人を探し回った。
今右手に持っている弁当包みを顔面向かって力いっぱい投げつけてやる為に。
ちなみに、弁当箱の中身は空だ。食べ物に罪は無い。
一段目の桜でんぶハートを見た時は寒気がしたものの、これはもしや仲直りをしようというメッセージなのか? とプラス思考が働いた。けど、二段目の
これは嫌がらせだ。一〇〇パーセント嫌がらせだ。
実を言うと僕の弁当は、下宿先として住所登録してある知り合い家の女性が作ってくれている事にしている。その嘘に対し、ずっと後ろめたさを感じていたんだ。朝食準備と並行して、毎朝弁当を作ってくれる浅葱に申し訳ないかな、って。
けど、今日の昼をもってそんな罪悪感はキレイにふっとんだ。嘘をついて申し訳ないなんて、良心を傷める必要なんてあるもんか。
『幼馴染の料理人に作ってもらってます』とは、絶対に公表してやらない。浅葱なんかずっと『料理上手なオバサン』でいればいいんだ。
一階の廊下をずんずん進んでいると、角部屋から浅葱が出て来るのが見えた。
ターゲット発見!
「あさぎ! お前よくもやってくれたな!」
叫んで空の弁当箱を振りかぶると、僕に気付いた浅葱が、すかさず「シッ!」と人差し指を口にあてて静かにするよう注意してきた。
「患者が寝てるんだ。騒ぐんじゃねえ!」
僕は弁当を振りかぶった姿勢のまま、ぴたりと静止した。
そうか、そこは斎藤さんの部屋だったのか。浅葱の手には、食器が乗ったトレーがある。どうやら食事を下げてきたところらしい。
僕は投げかけた弁当箱をおさめて、浅葱に駆け寄った。
「これ昼ご飯?」とトレーの上を覗き見る。
雑穀と豆の炊き込みご飯。
豚バラと夏野菜の炒めもの。
茶碗蒸し。
なるほど。薬膳の知識は殆どないけど、何となく活力や代謝を上げてくれそうなメニューのような気がする。
普通に美味しそうに見えるけど、僕は器に残されたそれらの状態に眉を寄せた。
「全然食べてないけど」
見たまんま、浅葱に伝える。
トレーの上に寝かせられている箸の先は、ほんの少しだが濡れている。少なくとも一口、食べはしたということだ。けれどご飯もおかずも、手つかずに思えるくらい、まるで減っていない。
浅葱が
「少しずつ食べるから
朝ごはんも殆ど食べてないって事? それじゃあ今日はあの人、ほぼ絶食状態だ。
ちょうど柱時計が目の前にあったので時間を確認すると、もうすぐ十七時だった。家庭によっては、早めの晩御飯の時間帯だ。
「食餌療法がしたいっていうから俺が担当してるのに。喰ってくれなきゃどうにもならねえ」
心底困ったといった風に、浅葱はぼやいた。
斎藤恵理さん。朝に挨拶を交わした感じでは、口に合わないとか嫌いな食材があるからってだけで、出されたご飯を食べないような、ワガママな人ではなさそうだった。むしろ礼儀正しくて、過度に気づかいをしてしまう人種の印象を、僕は抱いていた。
きっと彼女は、食べないんじゃなくて、食べられないんだろう。
「水分は?」
「水や茶はまあ、飲んでるみたいだが」
「脈は?」
「細いぜ。徐脈とまではいかねえが、脈拍も少ねえ」
「排泄の回数はどうなってんの?」
「記録では、小が一回で大は……」
そこまで言いかけて浅葱は、しまったといった様子で口をつぐんだ。つづけざま、「なんでお前にそこまで教えなきゃなんねーんだ」と僕を睨む。
残念。浅葱の奴、予想以上に立ち直りが早かったな。
僕は仕方なく、早々に手の内を明かしてやることにした。
「ちょっと、思いあたる
予想通り、浅葱が「なんだよ」と訊いてくる。
本当は僕に評価させてもらう事を条件に答えを教えたい所なんだけど、浅葱とは長い付き合いだ。困っているようだし、そもそも僕の予想も合っているかどうか分らないから、出し渋る価値があるかどうかも怪しい。
僕は人差し指で自分の喉をトントンと叩いてみせた。
「
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