第17話 ~変態で可哀想な谷原クン~ 民子の語り
放課後、新聞部に行くと、他の部員はもうそれぞれの記事を作り始めていた。あたしは長机の上に荷物を置いて椅子に座るなり、「ううむ」と考え込む。
「どうした名取。便秘か?」
パソコンのキーボードを叩きながら、部長が下品に茶化してきたけど、こんな顔だけよくて中身チャラチャラな野郎は無視だ。
今日の谷原クンは色々おかしかった。
まず、彼は朝からずっと上の空だった。というか、何かを必死に考えてたみたい。 一時間目の英語からずーっと、『考える人』みたく手に顎を乗せて、思索にふけっていた。
そんで、二時間目の現国も、三時間目の古典も、四時間目の現代社会も、何故かずっと英語を勉強しっぱなし。
古典の先生が「おい谷原、大丈夫か?」って顔を覗きこんだ時に「はいだいじょうぶです」って答えてたけど、あれは絶対、殆ど反射的に返してただけだね。だって、あたしが見ていた限り、先生と全然目が合ってなかったし。
なんなら焦点合ってるかどうかすら危うかったわよ。実際、寝言と大してかわんないんじゃない、あれ。
次に、昼はもっとおかしかった。
弁当を出した時は比較的まともだったのに、木村の野郎が放り投げやがった弁当包みをクラスの男子から取り返してあたしが戻って来た時には、谷原クンは変人に戻っていた。
いやあれはむしろ、変人というより変態かな?
あれにはマジでびっくりしたわよ。真剣な顔で、あたしのほっぺたやら体をべたべた触るんだもん。
谷原クンの珍プレーには、あのバカ木村も絶句してたし、目撃したクラスメイト達もおかずを取りこぼすくらい、仰天してた。
流石のあたしも、ちょいと対処に困ったわね。まあ、
けどね、一通り触った後に「あー!」ってめちゃくちゃ残念そうな奇声上げて机に突っ伏したのは、酷いんじゃないの、と思うわけよ。
ワガママ・マシマロバデーの一体何が駄目だったのか知らないけどさ。ちょっと傷つきました、あたし。
そんで木村の野郎は、あたしの事を家畜呼ばわりするし。
名取民子も乙女だぞ! てかその前に人権を与えんかい!
「鼻息荒いぞ、名取。何興奮してんだ?」
部長がからかってきた。他の部員も、冗談に乗ってはははと笑う。ちなみに笑ったのは男子だけ。女子は冷たい眼差しを部長に向けている。
嘆かわしい事に、あたしの周りの野郎どもはみんな、ママのお腹の中に『デリカシー』を忘れて生まれて来たらしい。
一等デリカシーに欠けているのが、この部長なんだけど。
まあいい。下剋上なんかする必要もなく、こいつは来年、自動的に新聞部からいなくなるんだから。そしたら、今は薄っぺらい尻で温められている部長椅子を、このあたしが貰ってやるのさ。
さて。谷原クンに思考を戻そう。それからの谷原クンは、若干気の毒だった。
なにせ弁当がね。アレだったから。
周囲の気まずい空気に全く気付いていない様子で、のろのろと弁当を広げ始めた谷原クン。弁当箱の蓋を開けるなり、彼は凍りついた。
二段構造になっている弁当箱の上段は、本来ならオカズのスペースだったはず。けれど今日は、ギチギチに敷き詰められた白米の上に、桜でんぶでピンクのハートマークが描かれていた。
そして下段。上段を持ち上げるなり「げえっ!」って悲鳴を上げた谷原クン。そこにはなんと、ギチギチに敷き詰められた玄米の上に、海苔で毒薬を表すドクロマークが描かれていた。
あれは明らかに嫌がらせ弁当だったねえ。木村は大爆笑してたけど、あたしは、流石にちょっと谷原クンが可哀想に思ったかな。
まあそういうあたしも、ちょっと吹き出しちゃったんだけど。
これは写真に収めなきゃ! と喜び勇んでスマホを構えたけど、あたしがシャッターボタン押すより先に谷原クンは弁当箱抱えて教室から逃げ出しちゃった。
彼はイマドキの青少年らしからぬ飄々とした人だけど、あの弁当をクラスメイトの前で大っぴらに広げて食べる度胸まではなかったみたい。
いやもうほんと、あたしとしては残念無念よ。
も~さあ。下宿先のオバサンたら。どうしてあんな悪戯をしてくれるかなあ。お陰で、お触りを不問にする代わりに一緒に帰る約束をさせるチャンス、逃しちゃったじゃないの。
結局谷原クンは、昼休みが終わるまで教室に帰って来なかった。
午後からの授業は数学と芸術。学力レベルでクラス分けされる数学では、谷原クンは優等生のAクラス。対してあたしは落ちこぼれのCクラス。芸術は、谷原クンは音楽。あたしは書道。完全に教室が別れてしまう。だから残念ながら、谷原クンには近づけなかった。
授業が終わって急いでクラスに戻ると、谷原クンは既に帰ったあと。
こんちきしょう。せっかく、色々探りを入れよう……もとい、親睦を深めようと思っていたのに。
さてこれからどうしようかしらねぇ。このままのらりくらりオトモダチを続けていても、口が硬くて逃げ足の速い谷原クン相手じゃあ、メモ帳の中身は充実しないだろうな。
もうひと押しできるテを、何か考えないと。
くっそ~。谷原クンがとち狂ったあの時に乳の片方でも触らせとけば、現行犯逮捕で慰謝料代わりに取材を約束させられたかもないのに。惜しい事したわ。
「名取。メモ帳はトーストじゃねえぞ。腹減ってんなら何か買って来いよ」
部長のツッコミで我に返った。
やだわ、あたしったら。無意識のうちに大事なメモ帳を噛ってたみたい。
そういやちょっと小腹が空いたかも。部長の言う通り、血糖値上げるもん、何か買ってこようかな。
腹が減っちゃあ、妙案は浮かんでこないしね。
財布片手に立ちあがると、部長が「あ、ちょっとストップ」とあたしを呼びとめた。
「食いもの調達すんならさ、俺の自転車貸してやるから、ちょっと遠くのコンビニまで足のばしてくんない? シュークリーム人数分よろしく」
部費が入ったポーチに自転車の鍵を入れて、あたしに投げてよこす。
あざざーす、と他の部員が部長とあたしに礼を言った。
ちっ。自分が食いたいだけじゃんか。まあ、あたしもシュークリームは好きだけどさ。
部長の自転車、サドル高いんだよなぁ。貸してくれるってんなら、遠慮なく乗ってくけど。
渋々部室を出たところで、あたしは、はっと閃いた。
そうだ、自転車だ。
谷原クンは駅から家まで自転車。
だったらあたしも、谷原クンが使う駅に自転車を置いておけば、上手くすりゃ下宿先までついていけるんじゃないの? ダイエット目的とか言ってさ。言いわけとしては、ちいとばかし苦しいけど。でもきっと、このワガママボデーが説得力を増大させてくれるに違いない。
夏休みまでにビキニを着れる体型になりたいんじゃー! って主張すれば、完璧じゃん。
「部長! グッジョブ!」
あたしは部長にグッと右手の親指を立ててから、部室を飛び出した。
人使いが荒い無神経なチャラ男だけど、たまには良い事言うじゃない!
あースッキリした!
気分がいいし今日は暑いから、コンビニのソフトクリーム、二個食べてやろうかしら。そうよ、今日くらいいいじゃん。食べちゃえ食べちゃえ。
その夜、お腹が痛くなった。
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