第13話 ~真識の戦い方っていうのは~ 愁一郎の語り
その夜僕は、浅葱に道場へ呼ばれた。
『ちょっと顔借せや』っていう、あれだ。
浅葱の奴、昨日の事をまだ根に持ってるみたい。それとも、今朝のメモの件で新たな軋轢が生まれたとか?
それにしても、面倒くさくなったら拳で決着付けてやろうっていう浅葱の悪い癖、どうにかなんないもんかね。まあ決着さえつけば、勝とうが負けようが後腐れなく元の鞘に収まれるんだから、単純明快でいいと言えばいいんだけど。
僕は第二書庫から借りてきた『日本人と漢方』という本を返してから、一階の道場に向かった。
道場は一階の最奥にある。階段を下りると、磨き上げられた板張りの暗い廊下を、道場からの灯りが四角く照らしていた。
扉は僕を待っていたかのように開かれており、中に入ると、畳張の道場のど真ん中で、エプロンをつけていないジャージ姿の浅葱が屈伸運動をしていた。
うーわー。やる気満々だ。
僕が入ってきたのに気付くと、浅葱は「おう」とぶっきらぼうに言いながら、今度は腕を伸ばしはじめた。
「最近運動不足でな。相手しろや」
「おっけー。で、どうすんの? 普通の組手にすんの?」
靴と靴下を脱いだ僕は、あくまで運動不足解消を目的にあげてくる浅葱に調子を合わせてやった。
浅葱とは十年以上の付き合いだ。浅葱が大事にとってあった乳飲料を僕が飲んじゃった時も、浅葱が僕の初恋の人(真利亜さん)を村中にバラした時も、僕の作ったジャムの方が浅葱のより美味いって族長に言われた時も、今日と同じく『運動不足の解消』でカタがついたんだから。ホント、僕達って成長してない。
ただし、年々お互い身体はでかくなってるし、力も強くなってるし、知恵も働くようになってきているから――
「いんや。『取り合い』でいこうぜ」
浅葱が凶暴な笑みに、いかつい顔をゆがませて提案してきた。
一つの武器を双方が取り合いながら戦う稽古法、通称『取り合い』。
お互い身体がでかくなってる分、力が強くなってる分、知恵が働くようになっている分、だけど中身が大して成長していない分――血をみる確率は年々右方上がりに上昇している。
「へー。久しぶりじゃん」
澄まして言いながら、僕はジーンズなんかで来るんじゃなかったと後悔した。
「武器は……
浅葱は物入れから物干しざおを少し短くしたくらいの棒を取り出すと、僕と浅葱の立ち位置の中央に置いた。次に、キッチンタイマーを適当にセットして、部屋の隅へと滑らせた。
僕と浅葱は道場正面に立礼。続けてお互いに立礼。構えて、タイマーが『開始』のアラームを鳴らすのを待つ。
「イソギンチャクちゃんはどうした? すっぱり諦めてもらえたのか?」
「友達になってくれっていう要求を呑む代わり、取材は無しって事にした」
「ほほお。オトモダチねぇ」
浅葱がせせら笑った。武道家の方々が今の僕らを見たら、『組み手の最中に雑談など、礼節がなっとらーん!』て激怒するかもしれないけど、これが戦法なんだから仕方ない。
会話などで相手に心理的揺さぶりをかけ、『開始』の合図への反応を鈍らせる。そうすることで、自分が武器を最初に手にする確立を上げるんだ。
「追いかけまわされるよりはずっとマシ。浅葱と違って、僕は変態じゃないからね」
「ケケっ。どうせ良心がとがめた末にとった苦肉の策だろうが」
うっ、図星。
ここで、タイマーが鳴る。絶妙なタイミングで精神的動揺が起こったせいで、浅葱よりワンテンポ動きが遅れてしまった。
飛び込むように杖を取りに行ったけれど、あと数センチというところで目標物をかすめ取られた僕は、受け身を取って浅葱を振り返った。同じく受け身をとって僕に振り返った浅葱が、杖を片手ににやりと笑う。
こんなろ~。もしかしなくても、適当にセットしたふりして秒数測ってたな?
「じゃ、お前が素手な」
浅葱が杖を中段に構えた。僕は左手左足を前に構え、軽く拳を握った。
武器はもらいたかったな。悔しいけど、浅葱は強いんだ。
仕掛けたのは僕から。
僕は基本、拳は使わない。指に衝撃を与えると、触診の精度が落ちるからだ。施術者にとって手の感覚は命。商売道具を潰すわけにはいかない。
そんな僕の攻撃パターンは完全に読まれていて、肘打ちも蹴りも、全部止められてしまった。
「せっ――ぉわっ!」
最後に放った後ろ回し蹴りなんかは止められた挙句に足首を掴まれて、ぶん投げられてしまう。
浅葱の事だから狙って投げたんだろうけど、立てかけてあったマットに庇われてなかったら、壁に背中をしたたかに打ちつけていたところだ。
我ながらいいザマ。
それにしても浅葱の奴、僕の攻撃を全部杖で止めやがって。痛いんだよ!
素早く呼吸を整え、スライディングキック。横に跳んで避けた浅葱が、杖で払ってくる。僕は身を引いてそれをかわした。本当はここで間合いを詰めて再度攻撃を仕掛けたかったけれど、体勢を崩していた僕は浅葱に攻撃する隙を与えてしまう。浅葱は杖を巧みに操り、容赦なく打ち込んできた。そして四打目、避けきれずうっかり棒を掴んだら、合気道の要領で投げられた。受け身をとって起き上がろうとしたところに、斜め後方から突きが入る。僕は反身でそれをかわしながら、パーカーの前ポケットに隠していたものを素早く取りだした。
次の瞬間、浅葱が驚きに目を見開く。
してやったり。隠し
へっへーん。とーったぞ。
ざまみろと笑った僕を、浅葱が指さして唾を飛ばす。
「隠し武器なんてきたねーぞ!」
「これが真識流だろ」
普段着で組み合うのも、武器を取り合ったりするのも、試合中に心理作戦で無駄口たたくのも、奥の手を用意しておくのも。
目の前で押し黙った浅葱の顔が、歌舞伎の『あさまし顔』そっくりになった。
そうそう。その悔しそうな顔。それが見たかったんだよ。
真識の体術は心身を鍛える目的以上に、ハンターから身を守る護身術の為に考え出された。だから実戦的で、実用的なんだ。悪く言えば、行儀が悪くて戦い方に節操がない。
ここは日本だ。戦争に行くんじゃあるまいし、僕らは武器なんか持って出歩かない。でも、当然ながらハンターはナイフや時には銃まで持ち出してくる。
使えるものなら棒きれだろうが紐だろうが布だろうが椅子だろうが石だろうが、その辺にあるものを武器にして自分の身を守れなければ、僕らの人生はすぐに終わってしまう。
頭と道具は使う為にあるんだよ。だから相手が紐を隠していたくらいで卑怯呼ばわりしてたんじゃあ、甘い甘い。僕なんか、父さんに隠し紐どころか隠し針で攻撃された事があるんだから。あれは確か、レザー用のごつい縫い針だったな。あの時は本気で逃げたよ。
というわけで、極端な話、真識流の試合では砂を使った目つぶしをしても、ルール上反則にはならないんだ。ブーイングはしこたまくらうけど。
ここのルールは簡単。
「相手に重傷以上の怪我を負わせなければよし、だろ?」
初めて聞かされた時には、本当に治療家の一族なのかよ、って耳を疑ったけど、つまりは『相手に後遺症を残さず、自分の治せる範囲内で』って事なんだ。だから、乱暴な中にも治療家らしさが存在している。しかも、この決まりごとは、本気で僕らの命を狙ってくるハンター相手でも同じく適用されている。そう考えると至極自分達に不利で厳しいルールでもあるわけだ。
そんな奥深いルールも、僕と浅葱のケンカに適用した日には、野蛮の一言に尽きるんだけどね。
「上等だ! 今年の特別防災訓練優勝者の実力、見せてやるぜ!」
浅葱が拳を握りしめて向かってきた。
「お前が勝てたのは父さんがいなかったからだ! ぶわっか!」
浅葱は僕と違って拳を使ってくるし真正面からぶつかってくるタイプだから、掌底や手刀なんかよりは正拳突きで来るはず。
入り身で首を制してやる!
僕は重心を移動させて攻撃に備えた。双方が飛び散らせる火花は、衝突寸前。
だがしかし
「おぶっ!」「あだっ!」
ほぼ同時に、側頭部に不意打ちを食らった浅葱と僕は、間抜けな悲鳴を上げてその場に蹲った。僕らの足元を、各々の側頭部を打った黄色いものがころころと転がってゆく。
「まだまだだね。お前さん達」
見ると、入口に族長が立っていた。
横槍を入れるのも、真識流ではアリとされている。敵は目の前に居るだけとは限らないからだ。
それにしても、族長ってば何投げたんだろ。……夏ミカンだ。
熟れてて丁度食べごろ。
「浅葱。一仕事したら小腹が減った。なんぞ軽いもん作っとくれ」
父さんなら「妖怪は夏ミカンの皮でも食ってろ」とか憎まれ口の一つでも叩いていただろうけど、屋敷専属コックの浅葱は、従順に「承知」と頭を下げた。
今日はこれにて停戦だ。
この上なく消化不良で停戦だ。
族長が円背を僕達に向けて、よちよちと道場を出ていった。浅葱はその後ろにつき従う。
道場を出る直前、浅葱が鋭い目で僕をちらりと見た。
「ケッ!」
「フン!」
お互い、すぐにそっぽを向く。
浅葱はわざとドズドス足音を立てて、そのまま廊下を歩いて行った。
道場に残された僕は、気の毒な二つの夏ミカンをパーカーの前ポケットに回収して、小道具を片づけた。
やれやれ。この調子じゃ、明日も弁当なしだ。
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