第14話 ~明日は弁当作ってやるよ~ 浅葱の語り
「浅葱。明日は弁当、作っておやりよ」
食堂では窓際の席が、族長の定位置。族長は口をもごもご動かしながら、俺にそう言って来た。
昆布の佃煮を咀嚼しながらでも
まあ百枚舌ってのは虚言上手って意味で、けして舌使いが上手いって意味じゃあないんだが。
それにしても弁当って、多分アホ一朗の事だよな。
俺の手作り弁当持ってくのなんて、あいつだけだし。
「なんすか、いきなり」
淹れたての緑茶で満たされた湯飲み。それから、叩いた梅肉にかつお節をまぶしたものを入れた小鉢。その二つを盆に乗せて厨房から出た俺は、昆布の佃煮が盛られた鉢の横に、二つを置いた。
飯の伴は、梅と佃煮の二種類があれば十分だろう。族長の左手にある茶碗には、飯がこんもり。
小せえ割に、本当によく食う人だ。
さっそく族長が、叩いた梅を箸の先ですくって、飯の上に乗せる。
「明日から暫く、弁当作ってる暇がなくなるだろうからね」
言ってから、梅が乗った飯を口に入れた。直後、皺まみれの口がヒュっとしぼむ。
去年の梅は少々酸っぱすぎたからな。マイルドになればと思って、だし汁を少し混ぜて叩いてみたんだが。ダメだったか。
俺は族長の向かいの席に座ってから訊ねた。
「本当に俺がメインでいいんすか? もっと適した奴がいるんじゃ」
例えば愁一郎とか。
と、推挙してやろうかと思ったが、あの女みたいな菩薩顔と今朝の生意気なメモとさっきの手合わせを思い出すと、無性にムカついてやめた。
「まずはお前でなくてはいかん」
族長が、今度は先程の倍の叩き梅を飯の上に乗せて、あぐりと食った。
酸っぱいんじゃねえんすか? ほらやっぱ、さっきよりも口が
「族長の
族長も本人にはまだ会ってないはすだ。しかしこの人は電話で話しただけで必要な治療が分る千里眼みたいなものを持っているから、時折こうやって施術師を指名する事がある。まあ、毎度毎度自分が指名してちゃ俺たちが育たないってんで、基本は黙ってるスタイルなんだが。
族長がゆるゆると首を横に振った。
「いんや。食餌療法から始めたいという本人の希望があるのでな。やたら触られるのは好かんのじゃと」
療術家の集団相手にひでえ言いようだなオイ。
「ワガママな患者っすね」
俺は思ったままを口にした。
途端、白濁した両目に睨まれる。
「事情も知らず決めつけるんでない」
すんません。
「太客からの紹介だからね。しっかりおやり」
太客? と聞き返すと、族長は俺のジャージズボンの右ポケットを指さした。
「これが使えるようになったのは誰のおかげじゃ?」
ああ、なるほど。あの大手通信会社のオッサンか。
二年前。長年悩んでいた偏頭痛の治療を真識の村で受けた某通信会社の重役殿が、治療費の代わりにと、村の五キロ南の山中に建ててくれたのが基地局だ。
お陰で俺たちは今、こんな山奥で隠れるように暮らしていても、文明最大の力を存分に使う事ができる。
誓って言うが、俺らの治療費はそんなバカ高いもんじゃない。ここで一月静養して請求されるのはせいぜい、一般的なサラリーマンの月収
三食ついたビジネスホテルに泊まりながら保険適用外の療術を毎日受けるようなもんなんだから、良心的な値段だろう。しかも飯は患者の症状に合わせて作られた個別栄養食だ。最高じゃねえか。
実際、ここで一月ものんびりしてる患者はあまりいない。現代人は忙しいからな。
体質改善を目的にする場合はまた別だが、大抵が一週間から半月。長くても三週間ほどで帰ってゆく。
あの通信会社のオッサンも、一週間で屋敷を出てった。その代金を基地局でかえそうってんだから、太っ腹もいいところだ。
以後も通信会社のオッサンは、時々体のメンテナンスに来るし、たまにだがこうやって患者を紹介してくれる。
流石の族長も、べらぼうに長いものになら巻かれるってわけか。
どっちにしろ、上官命令ならやるしかない。
俺は渋々「わかりました」と承諾した。
「弁当もだよ」
「わかった、わかりましたよ」
しゃあねえ。明日は作ってやるか。アホ一朗め、感謝しろ。
ああそういや、でんぶと海苔の消費期限がそろそろだったな。あいつはでんぶがあんまり好きじゃねえみたいだけど、弁当に入れてやろう。せめてもの嫌がらせだ。
ふと厨房に目をやると、二つ並ぶ炊飯器が見えた。一つは白米。もう一つは玄米を炊いてある。
そこで俺は、閃いた。
嫌がらせに
繊細な男子高生クンよ、さぁ楽しみにしてやがれ。明日の昼は、オトモダチの前で赤っ恥かかせてやんぜ。
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