第1話 〜谷原愁一郎と名取民子〜

 僕が名取民子なとりたみこというクラスメイトを意識し始めたのは、体育祭が終わってしばらくしてから。

 意識し始めたといったら誤解を生むので念のため言っておきたい。


 当初において色恋感情は絡んでないので、あしからず。


 だって交流を始めたばかりの彼女は僕にとって、『うっとおしい』の一言に尽きたから。


 名取さんを一言で表現するなら、個性派ぽっちゃり系。

 短く切った茶髪のくせっ毛は、菊の花か、もしくはタンポポみたいな形をしている。ちなみに地毛らしい。

 目はものすごい乱視で、裸眼で外出しようものなら十中八九事故死するだろうってくらい見えてない。裸眼で二.〇の僕にしてみたら、彼女の裸眼が映し出す世の中がどんな世界なのか、ちょっと興味はある。

 コンタクトは、すぐに目が炎症起こしちゃうらしくて、彼女はいつもピンク色のフレームの眼鏡を愛用している。暖色系のアイテムは、彼女の雰囲気によく合っていると思う。


 僕は彼女を見ると、まるまるした三毛猫を連想するんだ。おなかいっぱい食べて幸せそうに草むらで昼寝して、首根っこ掴まれて持ち上げられても、手足をだらーんと垂らして顔面は幸せそうに緩んだまんま。たまにいるよね、そんな究極に緩い感じの猫。

 まあ、名取さんは人間なんだけどさ。


 性格は、緊張感がまるで無くて、超がつくほど楽観主義。物怖じしなくて愛嬌があって、面倒見がよくて、異性より同性に好かれるタイプかな。


 彼女の将来の夢は、新聞記者か雑誌の編集者らしい。だから彼女は、新聞部に所属している。部活が絡むと、彼女は人が変わったみたいに熱血になるんだ。


 そう。この新聞部の活動が、そもそも僕と名取さんを近づける要因となった。

 冒頭部分で、僕は最初、名取さんをうっとおしがっていたって説明したけど、原因はこの新聞部の活動にある。


 彼女の取材にかける意気込みと熱意とド根性は、本当に辟易へきえきするほどすさまじいものだったよ……。



 あたしが谷原愁一郎たにはらしゅういちろうというクラスメイトを意識し始めたのは、入学式の時から。だって彼、ロンゲだったから。

『うわー、こいつ絶対個性的!』って確信したもん。まあ、あたしみたいにとっ散らかってる毛も珍しいけど。


 あんとき彼は確か、一本の編み込みにしてあったのかな。首筋のところで束ねられた黒髪が、スズメの尻尾みたいに、ちょこんて跳ねてたのを覚えてる。でもたまにポニーテールにもしてるから、もうどっちだったか覚えてないや。 

 どっちにしても、似合ってるからいいんだけどね。男の似合わないロンゲと髭ほど気持ち悪いもんは無いっていうのが私の自論なんだけど、谷原クンはロンゲに関してはセーフ。それにロングといっても、肩を少し超えるほどの、あんまり違和感のない長さだしね。正確には、ミディアムロングって呼ぶのかな? 


 はっきり言って、谷原クンはその頃からもうすでに浮いてた。彼は自分がよく学校を休むし、あまりクラスメイトと話さないからだって主張するけど、それだけじゃないはず。

 なんていうか、谷原クンは掴みどころがないのよね。一見中性的で優しそうに見えるんだけど、私らとは別の世界を生きてるって感じの奇妙な人で、みんな、近寄り難そうにしてた。しかもテストすりゃあ飛びぬけて成績いいし、運動神経だって悪くない。

 体育祭の時にはびっくりしたのなんの。だって、クラス対抗障害物リレーで、ビリッケツから六人抜いて、二番まで躍り出たんだから。しかも捻挫した先輩の足、魔法みたいにちゃちゃって治しちゃった。あと、彼は何故かジャム作りが異常に上手い。


 谷原クンはいつの間にか、うちら一年のミステリーになっていた。実際、結構ミステリアスだったし。


そんな彼を取材したいと思ったのは、新聞部員として当然の欲求だと主張したいわね。皆、彼のプロフィールには少なからず興味あったと思うし。


 そもそも我が校の月刊新聞で、一年の担当スペースが一枠しかないってのが憎い。

 先輩達はそれぞれ個人の担当スペースを持ってるんだけど、一年は持ってきたネタの中で、一番面白いやつが一つ採用されるシステムになってんの。だから、興味を持ってもらえるネタじゃなきゃ、まず通んない。それについては、谷原君ネタってチョイスは良い線いってたと思うわ。


 問題は、彼の了解を得られるかどうかだった。大抵みんな、取材って言うと嫌がるのよね。個人を対称にすると尚更。当然、一筋縄じゃいかないだろうって思ってた。フンドシ締めてかからなきゃ(勿論フンドシなんてつけてないけど)って。

 気合入れて彼のトコに行ったわ。


 あの時は緊張したな~……

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