第9話 夕雪先輩と〝■■〟の感覚

■A

人によって〝書く〟の動機は様々だと、カクヨムに来て肌で感じるようになった。

自分と違う動機を知ると、自分の書く動機が何かもわかるようになってくる。

それでいうと、自分は「テーマ先行・重視型」のところがあるみたいである。

書きたいこと、これを扱うとつい筆が走ってしまう、という事柄があって、そこと書くことを噛み合わせたいから七転八倒して、苦しいぐおおと言いながら書く。そういうタイプらしいのだ。


これには読者としての重たい自分も関係していて、つまりそういうのを読みたいし、読んでにしたがるところが、むかーしから結構ある。

だから作品を読むときには、ついそういうものを探すくせがある。〝これ〟は、〝そのたぐい〟のお話なのだろうかと。


例えばだけれど(自分の例で恐縮だ)、〝健気〟というのが自分の〝筆が走る〟の一つの核らしい。

こんなに健気な連中が、追い込まれ、人知れず誰のことも責めずボロボロになって沈んでいくのはあんまりだ。報われてほしい。それに、現実の世間でだって報われることはないではない。

だから、「なあ、だから元気を出してくれよ! そこで力尽きたり黒ずんだ塊になったりしちゃう気持ちもわかるけど! 少しでも明るい気持ちで帰ってくれたらうれしいよ!」というお話を書きたくて仕方がないのだ。


自分が書けてるかはさておき、読む側にとって、そういう〝仕方ない〟のパンチは当たると強烈だ。〝忘れられない一冊〟が生まれる理由はこれまた様々だろうけれど、これは誕生要因の小さくない一角を占めるはずだと勝手に思っている。


そんななので、「〝これ〟は〝そのたぐい〟だ」と感じてパンチを食らう、というのは、僕にとってはプリミティブで、かつ一つ大事な尊敬に至る経験だったりする。



■B

ゆきえい先輩は〝そのたぐい〟のお話を書かれる方だと、僕は勝手に頬にパンチ青あざを作って思っている。


交流のご縁が出来て長い先輩だから、風評が流れていく様もこれまでよく見かけてきた。

それによると夕雪先輩は「ほんわりあったかくて優しい、人柄そのもののような作品を書く」と評価されることが多いようだ。

それを否定するわけではまったくないのだけれど、自分はそこではない点を最も重要と感じている。


先輩の作品に通底していると思うのは、ほんわりやあったかいや優しいと同列には並びづらい、なんなら正反対の象限に位置づけられそうな概念だ。


名を〝諦め〟という。

語弊を生みそうながら、自分の語彙では今のところ、これよりも適切な表現が思いついていない。


自分には何もない。

才能もない。実力もない。実績はあるかもしれない、でもそれらは別に、特に価値があるものではない。

でも自分は生きているし、死にたいわけでもない。

生きていく。何もないし、死ぬまで大したものは残せないだろうけど、生きていく。

そういう感じだ。


そこに〝劇〟の色はない。激しい感情は何もない。

本当に〝そう〟だと認め終えているのだ。当たり前で、そして変哲のないことだから、騒ぎ立てて劇的に語るようなことでもないと見なされているのだ。


これは例えば〝分〟として出てくる。人間と人外が出会った時や、自力ではどうにも出来ない出来事が起こった時、〝それ〟はさらりと示される。

そして、話はそのまま先に進む。ほんわりあったかくて優しい、読むことで癒される物語としてだったり、特にそうではない物語としてだったりしながら、語られる。


以前雑談をした時、先輩に「伊草さんみたいなの私も書きたいよ」と言われた。

その時、今より更におバカであった僕は上記のようなことをちゃんと伝えられなかったように思う。


しかし、思っているのだ。

〝諦め〟は、そうであるようにお話に組み入れられたなら、〝忘れられなさ〟を読者にきっと深く刻み付ける、アツい概念であるはずだと。



■紹介

そんな夕雪先輩にまつわって紹介したいのは、迷ったけれど代表作だ。


まれぼし菓子店

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894316695


読みやすい一話完結型。もうすぐお話が一区切りつくと仰っていた。

ここでは、〝諦め〟は背景に退いている。でも、〝ある〟。例えばふしぎとして。

この作品を通してそれに触れてもいいし、短編集から覗き見てもいい。

そちらでは、時により露出した〝それ〟を見られると思う。


あなたは先輩の作品に、パンチを見るだろうか?

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