第2話

「やっぱナシだ。手を出すな」

「え? 俺の能力を測りたいんじゃないのか?」

「違う、反射的に言ってしまっただけだ。アンタの腕を見るより、まずはこちらの戦力を披露しないとな」

「反射で言うなよ……俺は蓮明の能力は疑ってないけどな」

「アンタ、本当に嫌な奴だ。なんでも知った風にして、受け身で行動するなんて。私の能力を疑ってないと言うが、私こそアンタの能力は大体把握している」

「なんの張り合いだよ。貶してるのか褒めてるのかわからんぞ?」

「バカか。褒めてるつもりはない。まずは私の能力がアンタの見立て通りか、確かめてみろ」


 よほど目の敵にされているらしい。まだ出会ったばかりだし、嫌われるような行為もしていないはず。思い返せば初対面から敵意を向けられていた。単純に相性が悪いんだろうな。町で一時期流行っていた占いとやらをしたら、いかに関わり合うべきでないか証明できるかもしれない。占いがどんなものか知らないが。

 ぼんやりと思いに耽っている間に、剣を構えた蓮明が悠然と歩く暗殺者に肉薄する。

 布に隠していた暗殺者の手が迫る蓮明に向く。振り上げる所作に呼応するように足元の砂が不自然に舞い上がり、いくつかの槍を形成して蓮明の接近を拒む。

 蓮明に焦る様子はない。先頭の槍を器用に弾き、槍が砂に戻って辺りに散らばる。続く槍は無視し、砂の雨を浴びながら身を低くして敵の足首に剣を振り抜く。

 寸前で一歩下がった敵が、晒した手を今度は上に掲げる。

 蓮明は次に相手がどんな天法を使うか見切らなければ動けない。間合いを詰めず、剣を上段に構えて静止する。止まっていた時間は1秒にも満たない。刹那とも表現できる極めて短い間に、蓮明は次の行動を決めなければならない。

 外野として蓮明の戦いっぷりを眺めていた俺の目の端に、別の方角から飛んでくる異物が映った。異物は確実に鳳虎を目掛けていた。

 世話が焼ける。胸の前で組んでいた腕をといて、鳳虎の命を狙う奇襲を視界の中心に捉える。暢気にも、狙われている当人は異物ではなく逆方向に立つ俺に視線を送る。

 この二人で、よく無事にやってこれたな。これからは俺が守っていくのか。

 飛んできた異物は派手に砂を散らした。まだ何もしていない。鳳虎は顔を向けずとも事態を把握しているようで、背中合わせで立つ従者に確認する。


「二人いるけど、いける?」

「ただの二人じゃありません。腕の立ちそうな天師が二人、泥臭いやり方では厳しいですね」

「沫風もいるけど?」

「結構です。アレを使えば、私の敵じゃないですから」

「私にも沫風を相手するみたいに喋ってもいいんだけど?」

「そんな失礼な真似はできません」


 本人の横で失礼とか口にしなくてもいいのに。気を遣ってくれないのは、信頼の証とでも解釈しておこう。遠慮せずに物言いできるのは俺を信じてくれているからだ。知らない間柄では成立しない。今日会ったばかりでも、蓮明のなかでは出会ってからの時間は些末なんだろう。

 伏兵だった敵も姿を現して、それぞれが手元に砂を吸い上げ、周囲に槍を生成する。到底、剣1本で防げる量ではないが、蓮明は少しも動揺しなかった。


「――剣舞・風」


 呟いた直後、蓮明の姿は既にそこに無かった。

 遅れて突風が吹き、俺と鳳虎の服を揺らす。言葉を置き去りに消えた蓮明を探せば、彼女は最初に現れたほうの敵を最後に見た位置にいた。蓮明を発見した代わりに、そこにいたはずの敵を見失った。

 目を凝らすと、蓮明の足元に人が倒れ伏していた。白かった刃に付着した汚れを、蓮明は倒した敵の服の裾で拭い取った。

 後から現れた敵は蓮明に対峙するが、遠目でも腰が引けているのは明らか。自分たちは数少ない天師で、二人だけで鳳虎の命を奪える自信があった。襲撃前には、そう考えていただろう。今は奇襲に失敗した時点でどうして撤退しなかったのか、後悔の念でいっぱいだろう。

 今からでも遅くない、なんて甘くはない。暗殺者の身分なら当然理解している。自分の命が助からないと悟った生き残りは周囲にあった砂の槍の1つを握るなり、蓮明ではなく鳳虎を捉えた。

 瞬間、最後の足掻きすら許されず、突風を伴い移動した蓮明が背後から斬り伏せた。暗殺者の握った天法で生成した槍が手のひらからこぼれ、溶けるように元の砂に戻る。蓮明は先と同じように、倒した敵の裾で刃を綺麗にして鞘に収めた。


「天法か」


 他には考えられない。人間の目に捉えられない速度で移動できるなんて。


「そうだよ。蓮明も天師の力があるってわけ。ちょっと歪んだ形で使ってるんだけどね」

「自分自身に能力をぶつけて高速移動したんだな。世間知らずだから何が一般的かわからないけど、敵の天師を倒したあたり、蓮明が特殊なんだろうな。あの剣舞って技、使いこなせないと思い通りに移動できないどころか自爆しかねない」

「それを使いこなせるんだから、すごくない?」

「ああ、かなりすごい。師匠でさえ、剣術と天法を組み合わせてるのは見たことないし」

「へぇ。聞いた、蓮明? あの秋風でもできないんだってさ」


 感心する主に対して、仕事を終えた従者は気だるそうに肩を下げて戻ってきた。


「神域に武器はむしろ弱体化じゃないですか。それに、たったあれだけで私は疲労困憊です。まだまだ実戦向きとはいえません」

「贅沢な悩みね。天師を二人も相手に圧勝したのに満足できないなんて」

「もう少しご自身の身分を考えてください。刺客が帰ってこないとわかれば、より強い戦力で確実に仕留めに来るのは明白です。この程度では、どこまでやれるか」

「まずは危機を乗り越えた事実を喜べばいいんだよ。大儀を掲げていても、私たちは明日の命すら保障されない生活をしてるんだから。それに、蓮明だけが頑張らなくたって、これからは沫風もいるんだし。あの神域の弟子だよ? 簡単にはやられないって」

「期待に応えられるかは断言できないけど、そのつもりで働く気持ちはあるぞ」


 やはり俺が嫌いなのか、蓮明はだらけた姿勢のまま鋭い眼光を飛ばしてきた。足らない部分を助けようと言っているのに。


「鳳虎様は、このいい加減そうな男を信じられるのですか?」

「沫風が聞いた通りの実力者じゃないと、私たちは生き残れない。わかってるでしょ?」

「私や蒼真様の力があれば、鳳龍くらい」

「勝ち目がないのは理解してるくせに。蒼真なんかは、たぶん毎日死を覚悟してるよ。気持ちでどうこうなる状況じゃないんだから、最後の希望に縋って、それでダメでも、まだ命があったら足掻けばいいの。まずは、住んでた場所と民を捨ててまで逃げた私たちの得た成果に期待しないと」


 とんでもない重圧だ。期待するなと言ったはずだが、自分たちの思い描く理想に繋がる言葉以外には聞く耳をもたないつもりか。

 俺の横顔に刺さっていた鋭い眼光がいくらか和らぎ、恨めしそうな視線に変わる。


「蒼真って奴とは一緒にこなかったのか」

「私たちが潜伏してる隠れ里の警備を任せてるからね。蒼真は元将軍で、蓮明とも互角に戦えるくらい強いんだけど、この言い方はちょっと変だね。蓮明の若さで将軍と互角に戦えるほうが凄いんだから」

「その隠れ里から、こんな山の奥にまで? 近いのか?」

「歩いて半日かな。馬も何頭かいるんだけど、鳳龍の領地だから目立たないように歩いてきたの」


 ……鳳龍の領地と、鳳虎ははっきりと言った。


「自分の出身に多少は興味があったが、驚いた。ここが鳳龍の領地なら、俺は本来なら鳳虎の敵なんだな」

「でもわりと境目だからね。鳳虎の領地だった年数も長いし、何度も奪ったり取り返されたりしてきた土地だからね。それに、誰の味方かなんて住んでる土地で決まるわけじゃないし。自分の意思で決めて、自分の責任で遂行するんだよ。鳳龍で生まれ育った沫風が、私たちの味方をしてくれるようにね」

「麓にある町では世話になったから、地元の人と敵対するのは気が引けるな」

「鳳虎軍は罪のない民間人は殺さない。だから、君の知り合いに危害は加えない。何もしてこなければ、ね」

「知り合いといっても、たまに食料を売ってもらっていた程度の関係だ。向こうは大勢いる客の一人としか思ってないだろうな。だとしても、顔を知っている奴と戦うのは気が進むものじゃない。無害であることを祈るしかないな」

「だけど、戦う必要があったら仕事をしてもらうよ」


 若々しく少女のように無邪気な調子で喋る鳳虎。そんな彼女が時折みせる冷徹な返答には、彼女こそが一国を背負う主なのだと納得させられる説得力がある。綺麗事だけでは理想は実現できない。成人して間もないであろうに、現実をよく見ている。これまで思い出したくもない悲惨な経験を積んできたのだろう。そのうえで、思い出したくもない記憶と向き合い、決意を固めてきたのだ。

 彼女に仕える選択に、迷いはなかった。


「勝算はあるのか?」

「蓮明にもさっき言った通りだよ」

「勝ち負けの話なんてしてたか? 一言一句逃すまいと集中してたつもりだったんだけど」

「先のことを考えても仕方ないってこと。まずは、隠れ里に無事帰らないとね。先の話はそれからだよ」


 楽観視しているわけではない、と思う。一つずつ小事をこなさなければ大事は達成できない。もちろん大事あっての小事が前提だが、その点を理解していないほど鳳虎は能天気ではないだろう。若々しい口調で喋る鳳虎に違和感を覚えてしまうのは、演技のように思えてしまうからだ。実のところ鳳虎は老成した性格で、あえて年相応の若さを演じているのかもしれない。王女として国を率いる覚悟があるなら、俺の想像の及ばない先の大事まで見据えているはず。

 雑談は終わりと告げる代わりに、鳳虎は背を向け歩き出した。蓮明が斜め後ろに位置づけ歩調を合わせる。俺も距離をとって後に続く。


「アンタやっぱバカだ。護衛がそんなに遠くにいてどうする。早くこい」


 一瞥した蓮明の呆れたような声に、少し安堵した自分に驚いた。受け入れてもらえるとは、嬉しいものだ。

 弱まってきた火柱の中心たる元自宅を眺める。じきに鎮火して、焼け焦げた残骸も時が流れれば風にさらわれる。最後の姿を目を介して記憶に焼きつけた。

 先に家を出た他の弟子も、自分の育った家の消失をいつか知るだろうな――なんとなく頭の片隅を横切った思考のついでに、弟子たちの現在を想像する。

 ここは鳳龍の土地らしい。そうであれば、他の連中は鳳龍側についている可能性は高い。


「先を考えても仕方ないか」


 生きる上で大切な教訓を与えてくれた主のもとに、小走りで駆け寄っていった。

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亡国の姫君と一文無し のーが @norger

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