終章のはじめに


 私はまた、この文章を書きながら震えている。あまりにもおぞましく淫靡いんびであり、凄惨せいさんを極めた事件の顛末。書くことも躊躇われ、一文字刻むごとに暗澹あんたんたる思いに駆られる。


 伽藍胴がらんどう殺人事件──


 駆け出しの作家である私が当事者となった事件である。多くの人間の欲が絡み合い、醸成じょうせいされ、常人には理解することの叶わない末路へと至った事件。


 事件自体は解決を見せたのだが、捜査に尽力して下さった警察関係者の方でさえ、起きていたのかを正しく理解していないだろう。幸いにも私はこと鷹臣たかおみのおかげで一応の理解はすることが出来ている。


 そして私は今、震えているのだ。新たに醸成じょうせいされてしまったはどうなってしまうのかと。


 とりあえずここまで書いてきた文章を発表するつもりはないが、鷹臣たかおみに「気持ちを整理するために最後まで書いたらどうですか?」と言われ、「伽藍胴殺人事件side鷹臣」の章の後で何が起きたのかを書き起こそうとしている。


 そんな私の目の前で、鷹臣たかおみが林檎をしゃくしゃくと食べている。と言っても、倫正みちまさが送ってきた林檎ではなく、林檎だ。


 あれから色々とあって──その色々はこれから文章として書き起こすのだが──倫正みちまさはとりあえず青森と東京を行ったり来たりの生活をすることになったようだ。公安の新設された部署に所属するらしいのだが、その部署の扱いは公にはされない。「そんな小説の中だけのような都合のいい部署が?」と鷹臣たかおみに聞いてみたところ、「使い方は少し違いますが、『事実は小説より奇なり』と言うでしょう?」と、微笑まれた。

 

 その上で、「僕たちはこれから監視対象ですよ? 秘密を知ってしまったんですからね。もし誰かに言ったりしたら……消されますからね」と、いつもの如く眼鏡をかちゃりと上げながら怖いことを言っていた。もちろんこれは鷹臣たかおみの冗談なのだが、倫正みちまさに「絶対に誰にも言うな」と凄まれた時は、正直顔が怖すぎて漏らすところだったのは内緒だ。


 まあそういった事情から、この文章は誰にも見せることはないと思うのだが、目の前のこの大切な友人二人には読んで貰おうと思っている。あの女警察官──冬湖とうこさんは別だ。何故なら冬湖とうこさんは私に冷たい。いや、冷たいを通り越して怖い時すらある。その理由について分かったのは、私が伽藍の悪魔の真相に辿り着いた後である。


 「伽藍胴殺人事件side鷹臣の章を書いていたなら分かるだろう?」と言われそうだが、実はそうでもない。何故なら鷹臣の章を書きはしたのだが、当初私にはのだ。厳密に言えば、「伽藍胴殺人事件side鷹臣の章/佐伯鷹臣1」まで認識出来ていた。ああ、漢数字と算用数字が混ざっているのは許して貰いたい。※私はタイトルやサブタイトルでも漢数字を使うのだが、に操られていたせいで文章が少しおかしい。修正しようとも思ったのだが、公表するつもりはないのでそのままにしてある。


 自分で書いておいて認識出来ないとはおかしい話だが、その当時は本当に認識出来なかった。確かに書いていた記憶はあるのだが、記憶が曖昧で、画面も文字化けのように見えていた。鷹臣たかおみが言うには、「伽藍胴殺人事件side鷹臣の章」は、という強い気持ちで書き始めた影響で、──らしい。


 そもそもここまで紡いできた奇妙な文章は、鷹臣たかおみが言うところのに取り憑いた、伽藍の悪魔視点の文章である。取り憑かれた私は、その記憶と視点による文章を書いていた──ということになるのだが、最後の最後、鷹臣の章でその状況が変わった。鷹臣の章までは、伽藍の悪魔にとって都合のいい文章構成だったのだが、最後はだったのだ。※ここで言う都合のいい文章とは、もちろん私に推理させるような内容の文章のことである。


 つまり伽藍の悪魔の正体が何なのかが分かってしまう文章となっていた。それに気付いた伽藍の悪魔が急いで私に深く干渉し、「伽藍胴殺人事件side鷹臣の章/佐伯鷹臣1」以降を認識出来なくしたようだ。困ったことに私はらしく、簡単に伽藍の悪魔に操られてしまい、記憶も定かではなくなった。※ではなぜ私に取り憑いて文章を書かせていた伽藍の悪魔が、「伽藍胴殺人事件side鷹臣の章」を書き終えるまでそのことに気付かなかったのか──ということになるが、それもこれから書き起こす文章で明らかになる。


 特異な頭脳を持った駿我するが、己の欲を満たそうとする悪意に塗れた人々、裏で蠢く伽藍の悪魔やカルト教団。様々な思惑が絡み合い、複雑怪奇な様相を呈してはいるが──


 ひとまずは最後まで書き切ろうと、私は思う。

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