伽藍の悪魔/全20話

第77話 伽藍の悪魔 1


「え……?」


 これがここまでの文章を書き終えた私の口から初めに出た言葉だったと思う。何故なら「伽藍胴殺人事件side鷹臣」の章が、「佐伯鷹臣1」以外文字化けのように見えたのだ。しっかりと書いた記憶はある。あるのだが……


 内容を思い出そうとすると、記憶にかすみがかかったように朧げとなり、目の前の文章も文字として正しく認識出来ない。


 試しに他の章を見てみるが、「はじめに」から「伽藍胴殺人事件side鷹臣/佐伯鷹臣1」までは問題なく読める。何が起きたのか分からずに困惑していると、ぞくり──と、悪寒が走る。暑くはないはずなのだが、体から汗が吹き出し、言いようのない不安で体が硬直する。そんな私の耳元で、笑い声と共にに囁かれた。


 ねぇ分かった……? ね? 約束……ね? したよ……ね? ね? 分からない? 分からないの? なら……


 ひたり──と、私の首筋を絞めるように、の手が添えられた。私はあまりの恐怖で「ひぃ」と掠れた声を漏らし、縮こまる。ふと、視線を移した窓には──


 映っているのだ。


 あいつが。


 日が落ちて暗くなったせいで室内の光景が窓に反射し……


 あいつの姿がはっきりと映っている。


 それはじっとりと湿った視線で私を見てくるかおりではなく、にぃ──と、心の底から震えてしまうほどの悪意のある笑顔を見せる


 黒く長い髪はざわざわと揺らめき、が私の首に手を回してゆっくりと絞めていく。窓に映ったの顔が、ぎぎぎ──と、ゆっくり回って窓を向く。


 反射した窓越しに目が合った。


 と目が合ってしまった。


 は私と目が合うと、にぃ──と、笑う。


「あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」


 目が合うと同時、私が叫んで身を捩ると、が首を絞める力がふっと弱まり、私は急いでベッドから飛び退く。その勢いでベッドテーブルに置いたノートパソコンと、放置していた推理小説「空っぽの私たち」が床に落ちた。


 ベッドの上に視線を移すと、が口角を吊り上げてにたにたとこちらを見ている。黒く長い髪は重力など介在しないかのようにざわざわと逆立ち、悍ましい雰囲気を漂わせ──


 だがその悍ましい雰囲気とは対照的に、可愛らしい白い花柄のワンピースがふわふわと揺れる。


 私はそのワンピースに見覚えがあった。いったいどこでだろうかと記憶を探るが、思い出せない。だが。私の朧気となった記憶といえば──監禁から解放されて入院し──秀治しゅうじさんと友達になって──倫正みちまさも来て──


 と、考えを巡らせるが、やはり記憶にかすみがかかったように朧げとなる。そんな私に向かい、が両手を前に突き出しながらじりじりと迫ってくる。


 約束……ね? したよ……ね? 約束……ね? 大事……ね? 私は……


 私は……


 ……だぁれ?


 と、が目の前まで迫る。私はあまりの恐怖から「わぁぁぁっ!!」と、めちゃくちゃに腕を振り回す。逃げなければ、一刻も早く逃げなければ殺される──と、駆け出そうとしたところで、床に落ちたノートパソコンと空っぽの私たちが目に入る。? と言っている。とも言っている。


 私には約束した記憶などないのだが、鷹臣たかおみが言っていた「そろそろ情報も出揃った頃合いでしょう。すでに不自然さに気付かれたことかと思います。そう、不自然がこの物語を読み解く鍵です。物語も残すところ駿我雅隆するがまさたか佐伯鷹臣さえきたかおみの章だけとなりました。書き終え、どうか真実に辿り着いて下さい」という言葉。


 つまり私は、目の前のの正体を暴かなければならないということなのだろう。だが残念なことに、私には鷹臣たかおみの章の記憶がない。ないのだが、ここでまた一つ鷹臣たかおみの言葉を思い出す。「中not悪魔の日記や駿我杏香するがきょうかの手記を見たなら気付いたと思ったんですが」という言葉を。


 その言葉通りならば、「中not悪魔の日記や駿我杏香するがきょうかの手記」までの文章でも、真相に辿り着ける……いや、鷹臣たかおみと言っている。つまり真相を確定は出来ないが、真相はと気付けるということだ。私は急いでノートパソコンを拾い、該当の頁を開く。


 

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