第76話 佐伯鷹臣 16


「悪いな鷹臣たかおみ


 そう言って倫正みちまさが、胸ポケットに忍ばせた煙草と年季の入ったZippoジッポーライターを取り出す。そのまま煙草を咥えてライターの蓋を手馴れた手つきでカシュンと開け、煙草の先端にジリジリと火をつけた。


「ふぅぅ──」


 くゆる紫煙を倫正みちまさが見つめ、「私は今日青森に帰るが……大丈夫か?」と、鷹臣たかおみに問いかける。


「やはり帰ってしまうんですね。冬湖とうこさんからの誘いは受けないんですか?」

「公安に新設されるかもしれない部署の話か? どうしたもんかね……」


 冬湖とうこの所属は公安警察なのだが、今のところは、無理やり宗教関連として捜査されている。確実に存在するに対応出来ていないのが今の現状である。


「受けてもいいと思いますよ? そうすれば倫正みちまさもこちらで活動出来ますしね」

「それはそうなんだが、あっちでも色々と繋がりが出来てしまったからな。すぐにという訳にはいかない」

「まあ部署の新設もすぐにという訳ではないらしいですからね。ですが、僕は倫正みちまさがこちらに来たら嬉しいですよ?」


 そう言って鷹臣たかおみが微笑むと、倫正みちまさが「ちっ」と舌打ちをした。


「相変わらずお前は人たらしだな」

「そうですか?」

「なんだかお前を見ていると秀治しゅうじと重なる。あいつも人たらしで女遊びが激しいからな」

「僕は……まあ……結果として遊んでるように見えるのでしょうね。否定はしませんよ」

「違うのか?」

「他者の気持ちは僕が決めることではありませんからね。倫正みちまさにはどう見えているんです?」

「ちっ……なんでも見透かした目をしやがってよ。分かってるさ。本心ではお前がそんなやつだとは思っていない。何か事情があるのも分かっている」

「ありがとうございます。僕もそんな倫正みちまさを信頼していますよ?」


 「ああ、くそ……」と、倫正みちまさが頭をがしがしと掻き、照れくさそうに顔を逸らして煙草をふかす。


「まあとりあえず私はいったん青森に帰る。秀治しゅうじにも雪人ゆきひとのことは気にかけてくれと頼んであるが……」

雪人ゆきひとも電話で嬉しそうに言っていましたね。『秀治しゅうじさんと友達になった』と」

「気を付けろよ? 本当に秀治しゅうじは手が早いからな。男に手を出したことはないとは思うが、雪人ゆきひとに関しては分からない。私も雪人ゆきひとと話していて、男と話していることを忘れる時があるからな」

「その辺は信用がないんですね? 秀治しゅうじさんは」

「ああ。あいつの人柄や能力は評価しているが、は信用出来ない。高校時代なんて三股……いや四股だったか? それで刺されそうになっていたからな」

倫正みちまさが説教している姿が目に浮かびますね」


 そう言って鷹臣たかおみが笑う。


「ですが憎めないから今でも関係が続いているんでしょう?」

「そう……だな。あいつの信頼にも応えてやりたいと思うし、まあ……いい友人だよ。あいつは」

「今回は秀治しゅうじさんにも色々と助けられましたしね。とりあえず落ち着いたら僕と雪人ゆきひと秀治しゅうじさんで青森に伺いますよ」

「私の部屋は四人も寝れないぞ?」

「僕は立ったままでも寝られますよ?」

「お前が言うと冗談に聞こえないところが怖いな……まあ、楽しみにしてるさ。と言っても、しばらく落ち着きそうにないんだろう?」

「そうですね。冬湖とうこさんも言っていましたが、現状では詰んでいます。伽藍の悪魔……模倣犯……カルト教団……違法薬物GRDガラド……」


 「頭が痛くなってきますよ」と、鷹臣たかおみが頭を振る。


「すまんな。手伝えなくて」

「いえいえ、倫正みちまさが自由に動き回って捜査してくれたおかげで、駿我するがの過去を迅速に知ることが出来ましたからね。通常の捜査ではもう少し時間がかかったでしょうし。冬湖とうこさんも驚いていましたよ? 『私が調べる前にほとんど結束ゆいつかさんが調べていた』と。どうやったんです?」

「そんなの決まっているだろ?」


 そう言いながら倫正みちまさが煙草の煙を吐き出し、「ここを使っただけだ」と足を叩く。


「正しいと思ったことに対して『当たって砕けろ』が私の信条だからな。まあ正しいどうこうの前に違法な捜査だったんだが……」

「相変わらず脳筋ですね?」

「いやいや、それを言ったら鷹臣たかおみ、お前も脳筋だと思うぞ?」

「僕が? 冗談でしょう?」

「気付いていないのか? お前は大切な人の危機には脳筋になる。まあそれまでの論理的な思考があっての脳筋だから……」


 「隠れ脳筋だな」と、倫正みちまさが笑う。


「まあとりあえず何かあったら連絡してくれ。お前がピンチなら有給を使ってなんとか駆け付ける」

「いやいや、これ以上冬湖とうこさんの仕事を増やさないでください。倫正みちまさが言い張っているの処理が大変だったと言っていましたよ?」

「ちゃんと書類は提出したぞ。まだあと……三日は使えるはずだ」


 「あくまでも有給で通すんですね」と、鷹臣たかおみが笑う。


「お前はこの後どうするんだ?」

「ひとまずは雪人ゆきひとが書いている文章というのを見てみます。に操られて書いているのなら、何かしら意味があるのでしょうしね。倫正みちまさにも後でデータを送りますよ」

「それは助かる。私も関わった以上は最後まで見届けたいしな」

「ああそうだ!」

「なんだ? 突然大きな声を出して」

「林檎が好きなんですよ。雪人ゆきひとは」

「はあ?」

「だから──」


 「青森の美味しい林檎を送って下さいね」と、鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げて微笑んだ。



 ──伽藍胴殺人事件side鷹臣(了)




 

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