第74話 佐伯鷹臣 14


「昨日はありがとうございます。雪人ゆきひとは大丈夫でしたか?」

「ああ。入院も念の為にだからな。すぐにでも退院出来るだろうさ」


 冬湖とうこの部屋のソファ──ローテーブルを挟んで鷹臣たかおみ倫正みちまさが向かい合って座る。冬湖とうこの部屋は禁煙なので、先程から倫正みちまさが煙草を咥えては箱に戻すという動作を繰り返し、その度にカウンターキッチンでコーヒーを飲む冬湖とうこに睨まれていた。


「墓参りも問題なく?」

「途中雪人ゆきひとが立ち眩みのようにふらついてはいたが、特に問題なく終わった。まあふらついたのも薬の効果が抜け切っていないせいだろうな。それよりなんでお前が一緒に行ってやらなかったんだ?」

「いえ、ああ見えて雪人ゆきひとは繊細ですからね。自分のせいで僕が怪我をしたと知ってしまえば、責任を感じてしまう。もう少し肩が自由に動くようになってから会いに行きますよ。電話では話しましたしね」

「……素直じゃないな。気まずいんだろ?」

「なんでですか?」

「なんでってそりゃ……」


 「雪人ゆきひとの気持ちをお前が知ったからだ」と──言いながら倫正みちまさが煙草を咥え、冬湖とうこに睨まれる。


「……聞いたんだろ? 秀治しゅうじから。助け出した際に雪人ゆきひとが錯乱して言っていたセリフを」

「それは……」


 雪人ゆきひとは助け出された際、「鷹臣たかおみに会わせてくれ! 好きなんだ鷹臣たかおみが!」と叫んでいたらしく、その話が鷹臣たかおみの耳にも入っていた。


「……なんのことでしょう?」

「ちっ……まあいい。これに関しちゃ難しい問題だからな。雪人ゆきひとも言ったことを覚えていないようだったし……まぁあれだ、お前らがどんな関係になろうと、私の友人であることに変わりはない。とりあえずは……ちゃんとしろよ?」


 「そもそもお前は少し……」と、倫正みちまさ冬湖とうこに視線を向ける。その視線に気付いた冬湖とうこが「ふふっ」と微笑んだ。


「ありがとうございます。いずれ雪人ゆきひとともちゃんと話しますよ」

「ならいい。それで? なんで雪人ゆきひと田村凛花たむらりんかの墓参りに行ったんだ?」

「付き添ったのに、本人に聞かなかったんですか?」

「いや、正直今回はその……まあ……雪人ゆきひとも色々とあっただろ? 本人もかなり憔悴していてな。なんて声をかければいいのか分からず、あまり話はしなかった。もっと話を聞いてやればよかったのかもしれないな」

「いえ、雪人ゆきひとは感謝していると思いますよ? 何も聞かなかったことに。彼は考えがまとまっていない状態であれこれ聞かれるとパニックになりますからね。そういう時は静かに寄り添うだけでいいんです。子供みたいなものですよ」

「そういうものなのか?」

「ええ。雪人ゆきひとは分かりやすいですからね。すぐに顔に出ますし、感情的で考えなし。正直とても手がかかりますよ? 一緒に出掛けたりなんてしたら食事を選ぶのに三十分以上かかるなんてこともざらですし、服なんていちいち僕に聞かないと買えないんですよ? 前なんて二時間迷ったあげく、『両方とも雪人ゆきひとに似合ってますよ』と言ったら、喜んで二つとも購入していましたからね。まあ……そんなところが放っておけないんですが──」


 ふと、鷹臣たかおみが背後に視線を感じて振り返ると、冬湖とうこが鋭い目で睨んでいた。その様子を見た倫正みちまさが「やれやれ」といった様子で呆れている。いたたまれなくなった鷹臣たかおみは、一度咳払いをしてから眼鏡をかちゃりとあげた。


雪人ゆきひとと電話で話した際、駿我するがに監禁されていた時の状況を聞いたんです。それによれば、どうやら凛花りんかさんが雪人ゆきひとに『逃げて』と伝えようとしていたようでして、『おそらくそれは凛花りんかさんですよ』と、雪人ゆきひとに伝えたんです。雪人ゆきひと凛花りんかさんに感謝の気持ちを伝えるために、墓参りをしたのでしょう」

「電話で聞いただけで……いや、田村凛花たむらりんかの霊だとすぐに分かったのか?」

雪人ゆきひとが言っていたの身体的特徴が凛花りんかさんに似ていましたからね。それに駿我するがに憑いている中で、そんなことをするのは凛花りんかさんくらいですよ。彼女はいつだって他者のことを考える。まあ……そうであって欲しいという気持ちから、確定事項ではないのに雪人ゆきひとに伝えてしまいました」

「ポルターガイスト云々もやはり田村凛花たむらりんかが?」

「そうですね。ですが……それも何かが引っかかる」

「と言うと?」

「なんと説明すればいいのでしょうか……雪人ゆきひとはポルターガイストを利用して『逃げて』と教えてくれていたと言っているのですが、凛花りんかさんは姿を現した際に、口で『逃げて』『早く』と言っているんです。そうなれば、別にポルターガイストなど起こさなくてもいいのではないか──と、思いまして。ああ、もちろん姿を現すことが容易ではなく、通常はポルターガイストで意志を示していたのかもしれません。これに関しては僕が勝手に引っかかっ──」


 鷹臣たかおみが話している途中、冬湖とうこの携帯電話が着信を知らせる音を鳴らす。

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