第73話 佐伯鷹臣 13


 ──駿我するが逮捕から三日後


「……昨日はよく眠れた?」


 鷹臣たかおみがベッドの上で目を覚ますと、目の前にメイクを落とした冬湖とうこの顔。「冬湖とうこさんこそよく眠れましたか?」と、鷹臣たかおみが唇を重ねて抱き寄せる。


「昨日から……してばっかりだね? 私たち」

「すみません……」

「いいのよ。私もしたいし鷹臣たかおみ君もしたい。それでよくないかしら?」

「そう……ですね。ですが……傷付いていませんか?」

「そんなことないわよ。まあ……裏切られたら傷付いちゃうとは思うけど、鷹臣たかおみ君はそんなことしないでしょ?」

「はい。冬湖とうこさんのことは大切に思っています」


 「それならよし」と、冬湖とうこが嬉しそうに鷹臣たかおみに唇を重ね、ベッドから立ち上がる。そのまま下着を着け、「コーヒーは砂糖二つでいい?」と、カウンターキッチンへ向かう。冬湖とうこの部屋は三十五畳ほどのワンルームで、どこにいてもお互いの姿が確認できる。どうやら冬湖とうこは、いちいち扉を開けるなどの動作が嫌いらしく、購入したマンションをリフォームしたようだ。


「ありがとうございます。砂糖は二つで、出来ればミルクもあれば」

「ふふ、可愛いわね?」

「そうですか? 冬湖とうこさんは甘いの嫌いなんでしたっけ?」

「基本的にはブラックかな? 甘いのは糖分足りなくて頭が回らない時に飲んだりはするけれ──」


 「ん……ちょっと鷹臣たかおみ君……」と、冬湖とうこがコーヒーを淹れる手を止め、身を捩る。いつの間にか冬湖とうこの後ろに鷹臣たかおみがいて、抱きしめたのだ。抱きしめられたまま冬湖とうこが後ろに首を傾け、唇を重ねる。


「……またするの? もうすぐ結束ゆいつかさんが来てしまうけど……」

「すみません……冬湖とうこさんを見ていると我慢出来なくて……」

「……やっぱり昨日からまた毒性が強くなった……ってこと?」

「そう……でしょうね。昨日の夕方あたりから伽藍の悪魔がはっきり見えるようになった……今も僕の後ろで……」


 鷹臣たかおみの背後で伽藍の悪魔が、「殺そ? 犯そ? 刺して抉って削いで剥いて刻んで千切って……あはァ──」と囁く。その上、伽藍の悪魔に体をまさぐられる感覚までしていた。


「……頭がおかしくなりそうですね。もしかすれば新たに誰かが、伽藍の悪魔と約束を交わしたのかもしれない。今の僕は……おそらく第四保菌者の感覚に近いですからね」

「空気感染で感染段階を上げられる……ってやつ?」

冬湖とうこさんは何か変化がありますか?」

「いえ、私は昨日から変わらないわ。まあでも、鷹臣たかおみ君を欲しい気持ちは日に日に高まってるけどね? あ、これは感染とは関係なくよ?」

「……となれば空気感染で……というわけではなさそうですね。そもそも僕は伽藍の悪魔の正体に辿り着いた。約束を破ったわけでもない……むしろ約束を果たした場合にどうなるかも分かっていないですし、変化もない……いや、約束を果たしたとしても感染段階が上がる? いやいやそれでは理不尽すぎる。何か他に見落としていることでも……もしかすれば辿り着いた答えが違う……」

「はぁ……本当に相変わらずね? 私の愛の告白を簡単に流さないでくれる?」

「……すみません」

「ねぇそれより……」


 「やっぱりこれって詰んでるんじゃない?」と、冬湖とうこが振り返って鷹臣たかおみを見る。


「伽藍胴殺人事件の犯人である駿我するがは逮捕されたわ。でもこのままだと第二、第三の駿我するがが伽藍の悪魔によって誕生してしまう。そもそもこのまま毒性が強くなっていったら、人類全てが伽藍の悪魔の傀儡になってしまうってことでしょ?」

「そうなんですが……」


 「何かが引っかかるんですよね。何か簡単なことを見落としていると言えばいいのか……」と、鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げる。


「実は除霊……的なことで簡単に解決とか?」

「それはよくない結果になりそうなんですよね。空っぽの私たちでも、除霊しようとした霊媒師が殺される描写があります。作中で明言はされていませんが……おそらく除霊しようとすれば、伽藍の悪魔と深く繋がることになってしまい……といった感じだと思います。もちろん試してみなければ分かりませんが、僕には他人の命を実験台にすることなんて出来ません」


 「ふぅ……」と、冬湖とうこがため息をく。


「もう私にはお手上げだわ。駿我するがの模倣犯のような存在までいるみたいだし、私の追っているカルト教団がどう関わっているのかも分からない」

「問題が山積していますね。ですが伽藍の悪魔に関してはもう少し考えさせてください。僕の中で引っかかっているものがクリアになれば、何か突破口を見いだせるかもしれない」

「なら私は模倣犯や教団のことを調べるわ」

「ありがとうございます」

「感謝するのはこちらのほうよ。それより……」


 「結束ゆいつかさんが来る前に……ね?」と、冬湖とうこがカウンターキッチンの上に座り、鷹臣たかおみを優しく引っ張って唇を重ねた──

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