第71話 佐伯鷹臣 11


 ──駿我するが逮捕から二日後


「もう左肩は大丈夫なの? 固定具は?」

「まあ痛いですが、動かさなければ大丈夫です。固定具であれば、目立たないサポーターを服の下に装着しています」


 冬湖とうこの部屋──整ったホテルのような室内で、鷹臣たかおみ冬湖とうこがソファに並んで座る。「簡易的なサポーターじゃなくてちゃんと固定しなさいよ」と言いながら、冬湖とうこ鷹臣たかおみの肩にそっと手を触れた。


「心配されるのが苦手なんです。それより読みましたか?」


 鷹臣たかおみの問いに「はぁ……心配くらいさせなさいよね」と冬湖とうこが呟き、ソファの目の前、ローテーブルの上に置かれた一冊の小説に視線をやる。タイトルは「空っぽの私たち」というもので、「kyokaキョウカ」という年齢性別共に不明の作者の作品だ。だが二人はすでにこの作者が誰なのかを知っている。


 冬湖とうこが小説を手に取り「この本に書かれていることは本当……なの?」と、鷹臣たかおみを不安気な目で見る。


「そうですね。登場人物の名前や事件の詳細などは変えられていますが、これは──」


 「駿我家するがけを題材にした作品です」と、眼鏡をかちゃりと上げながら鷹臣たかおみが言い放つ。


「でもこれが本当だとしたら、私たちはもうお手上げってことなのかしら?」

「どうなんでしょうか。この小説では……怨霊に取り憑かれた主人公が、高校時代に心を奪われた女性を十四年後に拉致して殺害するところで終わっている。まあつまり、駿我するが凛花りんかさんのことですね」

「……すごいわよね、この本。ほらこの頁──」


 そう言って冬湖とうこが開いた頁には、主人公の男に協力する警察官が描かれている。その警察官は某宗教団体の関係者で、信者獲得のために違法薬物を使用している。もちろんこれは宮下みやしたや違法薬物GRDガラドのことであり、某宗教団体とは、冬湖とうこが調査しているカルト教団のことなのだろう。


鷹臣たかおみ君のことまで書いてあるわ。ほらここ──」


 冬湖とうこが開いた頁には、おそらく鷹臣たかおみ田村凛花たむらりんかであろう人物の、生々しい性描写が描かれていた。


「はっきり全ての会話を覚えているわけではないですが、僕と凛花りんかさんが話した内容と酷似していますね。と言っても、やはり微妙に内容を変えてある。これによって何かの罪に問えるのかと言われれば、難しいでしょうね。正直どう対処すればいいのか──」


 鷹臣たかおみが話している途中「……この部分も本当? 凛花りんかさんとこんな事したの?」と、冬湖とうこが息遣いも荒く、小説の性描写の部分を指差しながら鷹臣たかおみに迫る。肌は上気し、その息遣いの荒さから興奮していることが見てとれる。


冬湖とうこさん……」

「ねぇ……私にも……して……?」


 そう言って冬湖とうこが服を脱ぎながら鷹臣たかおみを押し倒す。押し倒された際の衝撃で鷹臣たかおみの肩に激痛が走り、「ぐぅ……」と苦痛の声を上げるが、冬湖とうこはそれに構わず鷹臣たかおみの衣服を脱がせ、上に跨って恍惚の表情で肉欲を貪り始めた。



 しばらくして恍惚の表情からハッと我に返った冬湖とうこが「ごめんなさい……」と鷹臣たかおみの上から降り、「私……なんてこと……」と涙を流す。


「僕なら大丈夫ですよ? 冬湖とうこさんも取り憑かれているんですから、気にしてはダメです」

「でも……でも……」


 「痛かったわよね……肩……」と、冬湖とうこ鷹臣たかおみの肩に優しく触れる。触れた冬湖とうこの手が微かに震え、怯えているのであろうことが伝わる。鷹臣たかおみはそんな怯える冬湖とうこを優しく抱き寄せ、「僕が必ず解決策を見つけますから──」と、唇を重ねた。



「……それにしても厄介なことになりましたね。まさか約束を交わすほどにの力が強くなっていくとは思ってもいませんでした」

「やっぱりこの本に書いてあることは本当なの?」

「おそらく。僕は初め、と約束を交わし、それを破ることでの力が強くなるのだと思っていました。ですがこの本によれば、は約束を交わせば交わすほどに力が強くなる。そんなことも知らずに僕はと約束を交わしてしまった。それによっての力は強くなり、今までほとんど影響のなかった冬湖とうこさんまで狂ってきた……ということですね」

「狂ってきた……というより、自分の中にある欲望が膨らむって感じなんでしょ?」

「そうですね。とりあえずこれを見てください。この本に書かれたの性質をまとめたものです」


 そう言って鷹臣たかおみがローテーブルの上に置かれたノートパソコンのファイルを開く。



 

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