第70話 佐伯鷹臣 10


 駿我するがの背後をじっと見つめ、一向に口を開かない鷹臣たかおみに対して警察官が、ちっ──と舌打ちをする。やはり今のこの状況は歓迎されているわけではないようだ。時間がない中、駿我するがに適切な質問をしなければ──と鷹臣たかおみが考えを巡らせる。


 おそらく駿我するがの正体を知らない。なぜなら「どこから僕の計画は狂ったのか聞かせて貰っても?」「君が僕を追い詰めたのは、僕の背後のなんだろう?」と、状況を正しく把握出来ていなかったからだ。となれば聞くべきことは──と、鷹臣たかおみが口を開く。


「まずはこれだけ答えて下さい。の正体は?」


 鷹臣たかおみの問いに対し、駿我するがが首を小さく横に振りながら「いいえ」と答える。


「……となれば聞きたいことがいくつかあります。時間がないのでまとめて話しますが、端的に答えてください。まず一つ、先程ですが、僕を襲ったことは覚えていますか? 二つ、覚えているいないに関わらず、今まで同じようなことはありましたか? 三つ、あなたもを認識しているようですが、それはいつからですか? 認識したきっかけも分かるのでしたらお願いします。四つ、と約束を交わした覚えはありますか? もしくはと聞いて何か思い当たりますか? 五つ、が『なんで落としたの』と発言していたのですが、何か思い当たることは?」


 それを聞いた警察官が「君は何を言って──」と声を出すが、「すみませんが今は黙っていてください」と、鷹臣たかおみが言葉を遮る。一瞬の間ののち駿我するがが「君を──」と、口を開く。


「……君を襲ったことは覚えていません。気が付けば警察に拘束されていました。同じようなことは今まで一度もないですし、僕の記憶は物心ついた時から一度も途切れていない。僕の背後で蠢くを認識したのは桜子おうこ先生に出会ってからですね。いや……愛してからと言った方がいいのでしょうか。僕が桜子おうこ先生をと認識した際、耳元での笑い声が聞こえた気がした。まあ今だからこそ白状するが……僕は桜子おうこ先生と出会い、もう桜子おうこ先生と思っていた。正直、完成品もどうでもよくなっていました。はそんな僕が許せなかったんでしょうかね?」


 そこまで聞いた鷹臣たかおみがそういうことかと納得する。おそらくにとって駿我するがという行為が約束を破ったということになるのだろう。それによって駿我するがに約束を破った罰を与える役目に選ばれたのが──


 「僕ということか」と鷹臣たかおみが呟き、そのまま「だがそれだと僕が狂わないから殺すという行為の整合性が……いや、そもそもあの時点で駿我するがの逮捕は決定的だった……そうなると役目を終えたが、狂ってはいない僕が邪魔だった……と考えれば、それに関しては整合性は取れる……いや、もしかすれば殺そうとしたのではなく、追い詰めて約束を交わすため……? 狂わせ……駒を増やし……いや、雪人ゆきひとと出会ってからということであれば、遡って駿我するがの群馬と東京での犯行の行動様式の違いの説明がつかない……そもそも論理性など見いだせない……ということでしょうか……いやいやそんなことはない……これはサイコロを振っただけの事象ではなく、意思あるの起こした事象……意思あるものは必ず何かしらの規則を生み出し、論理性を見いだせるはず……そもそも約束と罰という考え方自体が間違いという可能性も……」と、声に出して考え込む。


 そんな考え込む鷹臣たかおみに向け、警察官が「そろそろいいですか」と、冷たく声をかけ、ハッと我に返った鷹臣たかおみが「ああすみません。最後に四つ目と五つ目の質問の答えをお願いします」と、駿我するがに問いかける。


「……と約束を交わした覚えはありません。ですが……」


 そう言って駿我するがが考え込み、しばらく沈黙したのち、「そういうことですか……?」と呟く。


杏香きょうか……僕の叔母が書いた手記を読んでください。『なんで落としたの』という答えはそこにある……のだと思います。僕もまさかとは思いますが、どうやらこの家……と呼ばれるようになったこの家にはが住んでいたようだ。と言っても、ではないのでしょうが……まあ君なら全て解き明かしてくれるのでしょう」


 そう言って駿我するが鷹臣たかおみの目をしっかりと見据え──「どうやら僕は知らず悪魔と約束を交わしていたようだ。とね」と言って微笑んだ。

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