第69話 佐伯鷹臣 9


「……くっ……」


 どれぐらい気を失っていたのだろうか──けたたましい警邏車パトカーのサイレンの音で、鷹臣たかおみが目を覚ます。


「……冬湖とうこさん……?」


 目を覚ました鷹臣たかおみ冬湖とうこに膝枕されていたようで、心配そうに見つめる冬湖とうこの顔が鷹臣たかおみの目の前にあった。


「……ああよかった……なかなか目を覚まさないから心配したのよ? 肩は大丈夫? すぐに病院に──」


 冬湖とうこの言葉を遮り、「冬湖とうこさんこそ無事でよかったです。それより二階で何があったんですか?」と、鷹臣たかおみが現状把握のために問いかける。相変わらず鷹臣たかおみの左肩には激痛が走るが、今はそんなことよりもと交わした約束を果たさなければ──と、痛みに耐えながら上体を起こした。


 気を失う前の記憶が確かならば、おそらくの正体を暴くと約束してしまった。時間制限はあるのか──何をもって約束を破ったことになるのか──約束を破った場合、自分も操られてしまうのか──と、様々な考えが鷹臣たかおみの脳内を巡る。


 「……君は相変わらずだね? 本当に心配したんだから……」と、冬湖とうこの唇が鷹臣たかおみの唇に優しく重なる。


「……私は二階で駿我するがの叔母──駿我杏香するがきょうかが書いていた手記を読んでいたの。そうしたら耳元で『なんであいつは狂わないんだ。おかしいおかしい』って声が聞こえた気がして……突然、後頭部を掴まれて──」


 冬湖とうこひたいさすりながら「頭を机に叩きつけられて気絶してしまったわ」と、申し訳なさそうに鷹臣たかおみの目を見る。確かに冬湖とうこひたいは赤くなっており、鷹臣たかおみが無事な右手で優しく撫でた。


「……机に叩きつけられる前に耳元で囁かれたということは、囁いた相手は駿我するがの叔母ではないと?」

「そう……だと思うわ。駿我するがの叔母は私の右側にいて、囁かれたのは左側から」

「……となると冬湖とうこさんも取り憑かれていた……ということでしょうか。そんな気配は今まで感じませんでしたが……冬湖とうこさんも今まで憑かれている自覚のようなものはありましたか?」

「いえ。でも……この家に入った瞬間に嫌な寒気は感じたわね」

「……冬湖とうこさんはこの家に入ったことで取り憑かれた……ということでしょうか? ですがそうなると……凛花りんかさんが取り憑かれ、そこから僕に取り憑いた流れとは違う。ダメですね……論理性が見出せ──」


 「ぐぅ……」と、鷹臣たかおみが顔を歪ませ、肩を抑える。


「ひとまずは病院に行きましょう? このままだと痛みでまともに考えることも出来ないわ」

「そう……ですね。ですが最後に駿我するがと話したい。駿我するがはどこに?」

「これから連行するところよ? 今は外のパトカーに──」


 冬湖とうこの話を最後まで聞かず、鷹臣たかおみがふらふらと立ち上がる。その姿を見た冬湖とうこが「はぁ……」とため息をくと、「ちょっと待ってて」と、外に向かう。


 しばらくして冬湖とうこが戻ってくると、「五分だけよ」と、親指でくいくいと外を指し示す。それに対して鷹臣たかおみは「やはり僕も冬湖とうこさんのお父様に挨拶に伺いますよ」と、柔らかく微笑んだ。そうして鷹臣たかおみ冬湖とうこに支えられながら、コレクションルームの外へと向かう。




 コレクションルームの外に出てみれば、多数の警邏車パトカーが止まっていて、複数の警察官が訝しげに鷹臣たかおみを見る。おそらく現場の警察官は詳しい話を聞かされていないのだろう。ただからの指示で、渋々と冬湖とうこに従っているように見える。


 いったい冬湖とうこさんは今、どんな立場ということになっているのだろうか──と、鷹臣たかおみ冬湖とうこに視線を向ける。そんな視線に気付いた冬湖とうこが「君は何も心配することないわ。親の七光りってだけじゃなくて、優秀なのよ? 私」と、柔らかく微笑む。


 そのまま居心地の悪い多数の視線に晒されながら、鷹臣たかおみが一台の警邏車パトカーの前まで来る。すると後部座席の窓が開き、二人の警察官に挟まれた駿我するがの姿が見え、「まだ僕に何か用ですか?」と、鷹臣たかおみに視線を向ける。


 鷹臣たかおみは眼鏡をかちゃりと上げると、駿我するがの背後をじっと見つめた。相変わらずは蠢いているが、コレクションルームに時よりも不鮮明な印象を受ける。鷹臣たかおみ自身もコレクションルームの外に出ることで、少し体が軽くなった気がしていた。


 となればやはり場所も関係するのか──と、鷹臣たかおみが再びかちゃりと眼鏡を上げる。



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