第68話 佐伯鷹臣 8


 めしめし──


「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」


 鷹臣たかおみと話している間も、駿我するがによって掴まれた腕を捻り上げられ、気を失いそうなほどの激痛に襲われる。掴まれた腕の感じからも、常人を超えた力を発揮していることが分かる。おそらく逃げ出すのは無理だろうし、かといってこのままでは殺される。鷹臣たかおみが自由の効く右手でかちゃりと眼鏡を上げ、今現在ある情報を脳内で組み上げていく。


 駿我するが変貌ぶりはなんなのか──


 なぜこのタイミングでの変貌なのか──


 そもそもは何を求め、どういった行動様式なのか──


 非論理の中にある論理性を見出さなければ──


 激痛で思考が鈍るが、考えることを放棄してはダメだ──と、鷹臣たかおみが考えを巡らせる。目の前の、ぎちぎちと柵に顔を押し付け、こちらを凝視しているの言葉の真意も考えなければならない。


 先程は「狂わないあなたが悪いの」と言った。つまり目的はこと。「みんな死ね」「死ねばいいのに」ということからも、おそらくの恨みのベクトルは全てに向いている。


 更には。なぜなら駿我するがの耳元で囁くと同時、鷹臣たかおみの耳元でも同じ存在が囁いているからだ。


 よくよく見れば、螺旋階段でこちらを見つめるの耳元でも、が蠢いている。つまりも取り憑かれた人間なのだろう。駿我するがの話からすれば、二階には叔母がいるだけ。冬湖とうこでは無いので、となれば駿我するがの叔母だということになりそうだ。


 つまり駿我するが駿我するがの叔母はに操られている。だがそう考えると、自分と駿我するがたちは何が違うのだろうか──と鷹臣たかおみが考える。という条件は一緒だ。一緒なのだが、現出している結果は違う。


 先程は「約束を破ったらもっともっとに入れるから」と言っていた。つまりと約束を交わし、を破ることで取り憑かれる深度レベルが変わるということになるのだろうか。


 取り憑いて狂わせることが目的だが、条件によって影響力が変わる。おそらく自分は五年前からに取り憑かれてはいたが、狂ってはいない。狂ってはいないからこそ、殺されそうになっているのだ──と、鷹臣たかおみが悟る。つまりここまで色々と考えを巡らせたが、この場で出来る選択はと約束を交わすことしか残されていない。


 なぜ駿我するが駿我するがの叔母が、人ならざると約束を交わしたのか──果たしてそれは知ってか知らずかなのか──今までも誰かを操ったりしたのか──そもそもこのはなんなのか──など、考えなければならないことは山積しているが、とりあえずはこの窮地を脱しなければならない。


「……分かりました……約束をしましょう……」


 あハァ? ナニを? ナニをナニをナニを約束するぅ?


 予想外の返事に鷹臣たかおみが面食らう。なぜならとは思ってもいなかったからだ。


「……約束はなんでもいいんでしょうか……」


 約束……約束しよ……? ね? 約束……ね? 約束……ね? 大事……ね? 


「……コミニュケーションが取れているようで取れていない……? 約束を交わすこと事態が目的……あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」


 みちみち──


 と、駿我するがが捻り上げる肩から嫌な音がする。このままでは肩口から腕を捻じ切られてしまう。


 痛い


 痛い痛い痛い


 痛いっ!!


「……んぐぅ……くそっ……約束……? 何を……何を約束すれ……あ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」


 あまりの激痛に鷹臣たかおみの思考がまとまらない。何が正解なのか分からず、ゆっくりと意識が遠のいていく。このままではダメだ。約束を交わさなければ殺される。だが何を約束すればいいのかの判断が出来ない。頭の中を痛いという言葉だけが駆け巡る。そんな中「……あぁ……くそ……必ず……必ず僕が……僕たちがお前の正体を暴いて……」と、鷹臣たかおみが朧気な意識で負け惜しみのような言葉を呟く。目の前のを放っておいてはいけないという思いからの言葉だったのだが──


 約束……だよ? ね? したよ? 約束……ね? もし破ったら……


 にぃ──


 と、螺旋階段の柵の間から覗くの顔が歪な笑顔を見せ、そのまま鷹臣たかおみは気を失った。


 

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