第66話 佐伯鷹臣 6


駿我するがの叔母がいたわ。確かにずっと何かの文章を書き続けている。それよりも……」


 「足りないの」と、冬湖とうこの困惑の声が聞こえた。


「足りない? 何が足りないんですか?」

。遺体を保存する部屋は見つけたわ。でも足りないの。田村凛花たむらりんか下野正樹しものまさきを含めて遺体は全部で七体。調査では駿我するがが関わったと思われる行方不明事件は、全部で十二件。もちろんもっと関わっている可能性もあるわ。だけどここにはの。駿我するがの言葉を借りるなら、完成品にする価値がない人間は廃棄した……ってことなのかしら?」

「……少し駿我するがと話してみます。それより時間はまだ大丈夫そうですか?」

「ええ。でも大変だったのよ? 説得するの。とりあえずはが止めてくれているけれど……三十分ってところかしら」

「後でご挨拶に行かなければならないでしょうね」

「気にしなくていいのよ。を救ってくれたあなたに感謝しての特例なんですから。挨拶は私を貰う時でいいわよ?」


 「冬湖とうこさん……」と、鷹臣たかおみが困った声を上げ、イヤホンからは「冗談よ?」と、冬湖とうこの冗談に聞こえないトーンの声が響いた。


「とりあえず私は二階で待機するわ。駿我するがの叔母が書いている手記にも目を通しておくわね」


 「ありがとうございます」と、鷹臣たかおみ冬湖とうことの会話を終わらせ、駿我するがに視線を向ける。駿我するが鷹臣たかおみの鋭い視線を受け、「何か問題でも起きましたか?」と、小首を傾げた。


「……質問があります。あなたが今まで殺したのは何人ですか?」

「九人ですね。群馬で六人と東京で三人。そのうち完成品に仕上げたのは七人だ。下野学しものまなぶは仕方なかったとして、初めての完成品作成でミスをしてしまいましてね。ああ、先程も言いましたが、織笠香おりかさかおりは殺していませんよ? この段になって嘘をく意味はないですからね。無駄な問答はしたくありませんので、信じて貰えると助かります」

「嘘は……いていないようですね。では質問を変えます。桐谷瑶子きりやようこ須藤咲すどうさき佐武翔子さたけしょうこという名前に聞き覚えは?」


 鷹臣たかおみのその言葉を聞いたと同時、駿我するがが「なぜあなたがを知っているんですか?」と、驚きの表情を見せた。

 

「知っているということは、やはりあなたが殺したんですよね?」

「……僕が殺したのは九人だと言いましたよ? それよりもなぜ君がコレクションリストを知っているんですか?」

「コレクションリスト?」


 先程から鷹臣たかおみ駿我するがの会話が噛み合わない。


「僕が今言った三名は、行方不明となっている人物です。三名ともとても容姿が整っていると評判で、監視カメラの死角を利用して拉致されている。元が群馬出身で、行方不明当時は東京に住んでいました。その上、群馬在住時はあなたと同じ街に住んでい──」


 がたん──


 と、二階から音がして、鷹臣たかおみ駿我するがが螺旋階段の上を見る。それと同時、室内の照明がばちばちと明滅し、ふっと消えた。圧倒的な闇がこの場に訪れる。元から全てが黒で染め上げられた室内。灯りは消え去り、そこにあるのは──


 闇。


 後も先もない闇が、ただひたすらに横たわる。


 鷹臣たかおみが無線機を使って「何かありましたか冬湖とうこさん?」と話しかけるが、応答はない。相変わらず二階からはが蠢く、がたがたという音が響く。まるで机を揺らしているかのような音だ。


 とりあえず鷹臣たかおみが携帯電話のライトを灯し、螺旋階段を照らす。そのまま鷹臣たかおみが「二階にはあなたの叔母以外に誰かいますか?」と駿我するがに話しかけながら、階段を上ろうとして──


 階段の上、二階を凝視しながら動きを止める。


 ひたり──


 と、階段の最上段に、携帯電話の灯りに照らされた仄白い足が浮かび上がる。


 ぅふ……


 ふふ……ふ……


 と、背筋が凍りつくような、気味の悪い掠れた笑い声が聞こえ──


 ひたり──


 ひたり──


 と、仄白い足が螺旋階段をゆっくり降りてくる。鷹臣たかおみの背中を、冷たいものが伝う。見ていてはだめだ──と思うが、生気の感じられない仄白い足から目が離せない。は有り得ざるだ。鷹臣たかおみが「……あれはなんですか?」と、駿我するがに問おうとして横を向いた瞬間──


 「ぁはァ」と、鷹臣たかおみの眼前に、歪な笑い顔の駿我するががいた。



 




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