第64話 佐伯鷹臣 4


「あなたは凛花りんかさんと下野正樹しものまさきの完成品が二階にあると言いましたが……」


 「下野学しものまなぶは?」と、鷹臣たかおみが階段を上っていく冬湖とうこを目で追いながら、駿我するがに問いかける。


まなぶは廃棄しましたよ。本当は完成品にしてあげたかったんですけどね。身代わりになって貰うために、腕を切り落として正樹まさきの部屋に指紋を残すのに使いました。生きたまま正樹まさきの部屋に連れて行くのはリスクでしたからね。とりあえず切り落とした腕と髪の毛、唾液、保存していた田村凛花たむらりんかを持って正樹まさきのマンションに行きました。正樹まさきのマンションは駐車場から非常階段へ向かえば監視カメラがありません。まあ監視カメラがあったとしたら、別の手を考えていたのでどちらでもよかったんですけどね。それと──」


 駿我するがの言葉の途中、鷹臣たかおみが「もういい」と言って頭を振り、「どうしてそんなことをしたんですか?」と問いかける。


「どうして……とは? 完成品のことですか?」

「完成品どうこうの話は、おそらくどれだけ言葉を重ねたところで僕には理解出来ない。そこではなく、ということです。凛花りんかさんの内臓を送り付けたこともそうですし、下野兄弟のことや車を燃やしたこともそうです。凛花りんかさんに薬物を使用して性行為をしたことも理解出来ない。凛花りんかさんに変装がバレる行為もそうですし……と言っても、変装に関しては『家出中の下野学しものまなぶが、家族に居場所がバレないように変装していた』という見解に至っているので、まあ運がよかったんでしょう。と……話が逸れましたね。何度も言いますが、。通常であれば、あなたに到達することはなかった。たまたまが僕に囁いてくれたおかげで、今の状況がある」


 そこまで言うと鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げ、ソファから立ち上がる。そのままふらふらと歩き出して「そもそもですよ?」と、駿我するがに向けて語り始めた。


「あなたと宮下みやしたの繋がりが判明し、そこから警察はあなたを調べた。ですが……今現在判明している薬物使用や監禁容疑以外、んです。もちろんあなたの幼少期からの様々な歩みはつまびらかにされた。ただ、そこからあなたの犯罪行為に関する証拠は何一つ出てこない。幼い時分に不倫の末に殺しあった両親のことや、早くに亡くなった祖父母。あなたを引き取った叔母が離婚したことなど、確かにあなたの家庭環境は複雑だ。だがなんです。小学校から大学までのあなたの評判はすこぶるいいですし、大学卒業後に勤めた出版社での評判も申し分ない。もちろんあなたが多数の人物と金銭を伴う肉体関係にあることも分かりましたが、それも単身者に対してだけであり、個人の自由の範疇だ。更に抜け目がないのが、あなたはフリーランスとしてコンサル業を行っていた。つまり金銭を伴う肉体関係で得たお金をコンサル料という名目で、税の申告も行っていたんです。その上あなたは。それによって業績が伸びた会社も多数あります。先程僕は、と言いましたが、これはと付け加えなければ正しくありませんね。とにかくあなたは危機管理能力もずば抜けている。遡ってあなたが群馬在住時に起きていた多数の行方不明事件に関してもそうです。二件は防犯カメラに犯人とおぼしき人物が映っていますが、一瞬映りこんだだけで特定は難しい。? ああ、理由を言った方がいいでしょうか? これは本当に無理やりな論法であり、根拠も何もありません。ですが伽藍胴殺人事件に関わって死亡した、または行方不明となっている者、それとあなたが群馬在住時に起きた多数の行方不明事件には共通項があります。それは姿ことです。私の友人が調査した結果、行方不明者は周囲から姿と言われていました。と言っても、それだけで判断したと思いますか? いえいえ違うんです。あなたは高校時代にという噂を聞き、どうやら見に行ったようだ。この時のことをあなたの高校時代の同級生はよく覚えているそうです。あなたはその類稀たぐいまれな知能と整った容姿で人気者だった。ですがあなたは誰とも交際したことがない。何度も告白されていたようですが、まるで恋愛には興味が無いかのように過ごしていた。そんなあなたがと聞いて反応したので、驚いたようです。ああ、もちろんこの女の子というのは──」


 「凛花りんかさんです」と、鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げて駿我するがを見る。



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