第63話 佐伯鷹臣 3


「お久しぶりですね──」


 「駿我雅隆するがまさたか……」と、整った室内の中央、黒い革張りのソファに腰掛けた駿我するが鷹臣たかおみが声をかける。


 ほんの数秒の静寂ののち「来るなら君だと思っていましたよ」と、駿我するが鷹臣たかおみに視線を向け、「どうぞ」と対面のソファに座るように促す。促された鷹臣たかおみがゆっくりとした足取りで、室内を見回しながらソファに向かって歩く。


 コレクションルームは異様な空間だった。入口から入った一階はまさに。壁を全て取り払ったのだろうか──数本の柱があるだけで、一階全てが一つの部屋となっていた。と言っても駿我するがが座るソファや、その前に置かれたローテーブル。入口から見て左手奥の広めのアイランドキッチンや、右手奥のおそらく浴室など、一応は生活が出来るようになっているようだ。駿我するがの座るソファの後ろに螺旋階段があり、そこから二階へ向かうのだろう。ただ──


 全てが黒い。柱も、ソファも、テーブルも床も天井も螺旋階段も──


 ことごとく黒い。


 おそらく明かりがなければ全ての景色が闇に溶けてしまい、そこにはただただ黒くて深い闇があるだけになるのだろう。と主張するかのような、歪な整いが鷹臣たかおみの眼前に広がる。とりあえず室内を一通り見回した鷹臣たかおみが「とても変わった造りの家ですね」と、ソファに腰掛ける。それに対して「だが整っているだろう?」と、駿我するがは落ち着いた様子で答えた。


「一緒に入ってきた女性は?」


 そう言いながら駿我するがが入口に視線をやる。もちろんそこには冬湖とうこがいて、鋭い視線を駿我するがに投げかけていた。冬湖とうこは黒いスーツ姿なのだが、長い黒髪を後ろで一つに束ね、その整った白く美しい顔がこの異様な空間で際立っている。


「警察だと分かっているでしょう? あなたは恐ろしく頭が切れる。だからこそ無駄な抵抗などせずに僕を招き入れた。ひとまずは招き入れて頂き、ありがとうございます」


 そう言って鷹臣たかおみが軽く頭をさげると、駿我するがが「分かっていたさ……」と小さく頭を振る。


「どこから僕の計画は狂ったのか聞かせて貰っても?」

「それが僕にも分からないんですよ。先程も言いましたが、あなたは恐ろしく頭が切れる。実際、田村凛花たむらりんか──いえ、凛花りんかさんの殺害に関してもまだ証拠は出ていない。下野正樹しものまさき下野学しものまなぶがどこに行ったのかも分からない。まあ……」


 「下野兄弟は既に殺されているんでしょうがね」と、鷹臣たかおみ駿我するがを冷ややかな目で見る。


 そう、この段階では駿我するが田村凛花たむらりんかを殺した証拠はまだなく、下野兄弟がどう関わっているのかも分からない状態。


「……現段階でのあなたの容疑は、幾度かの薬物使用と先程救出された奥戸雪人おくどゆきひとへの監禁及び薬物使用の容疑。GRDガラド……合成麻薬使用の公訴時効は五年。とりあえずはあなたを逮捕することが出来る」

「なるほど。だがそれは目に見える事実。君が僕を追い詰めたのは……」


 「僕の背後のなんだろう?」と、駿我するがが自身の背後をちらりと見る。


「……そうですね。僕があなたに初めて会った時、あなたの背後には殺された凛花りんかさんがいていた。その時点で僕はあなたが凛花りんかさんを殺したのだと理解しました。さらに凛花りんかさんはあなたを指差して『』と言った。今でもこの『ナカノタクマ』というのが何なのかは分かっていません。先程も言いましたが、こちらが把握しているのはいくつかの薬物使用と雪人ゆきひとの監禁のみです。と言っても、あなたの背後には凛花りんかさん以外にも多数のが蠢いている。ハッキリとは見えませんが……」


 鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げ、駿我するがの背後を見る。そこには……


 田村凛花たむらりんかだけではなく、複数の男女が絡み合いながら、虚ろな目で佇んでいた。


「いったいあなたはどれだけの人間を殺したんですか? あなたの背後……殺された人たちが複雑に絡み合って顔は判然としませんが……」


 「下野兄弟も殺したんですよね?」と、鷹臣たかおみ駿我するがに問いかける。


「ここまで来たら隠したところで無駄なんでしょう。そうです。田村凛花たむらりんかを殺した一年後、下野兄弟も殺しました。田村凛花たむらりんか下野正樹しものまさきの完成品なら二階にありますよ」


 「完成品……?」と、鷹臣たかおみ駿我するがを怪訝な表情で見る。


のことですよ。とても整っていて美しいですよ?」

「……予想以上にあなたは狂っているんですね。確認させても?」

「ええ。好きにしてください」


 鷹臣たかおみが振り返って冬湖とうこを見ると、冬湖とうこは小さく頷いて駿我するがの背後の螺旋階段に向かう。


「ああ、二階には僕の叔母がいますが気にしないで下さい。指示されたこと以外は僕を告発するような手記を書き続けるだけの壊れた人なので」


 と、螺旋階段を上ろうとする冬湖とうこ駿我するがが声をかけた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る