第62話 佐伯鷹臣 2


 ──二〇一六年十月、群馬


「くそっ! どこからだ!? どこから狂ったんだ!?」


 駿我するががコレクションルームで頭を抱えながら叫ぶ。駿我するがを知る者からすれば、信じられない光景だろう。「だめだ……だめだだめだだめ……」と、頭をがしがしと掻き毟り、眼前の美しく整ったテーブルに拳を叩き付ける。


「あぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 腹の底、心の底からの叫びが整った室内に響き渡り、「くそ……桜子おうこ先生……」と弱々しい言葉が駿我するがの口からは漏れ出た。


「そうだ……桜子おうこ先生に整えてもら──」


 駿我するががそう呟きながら、ふらふらと歩き出したところで、外を監視するために設置したモニターに一人の男が映っていることに気付く。


「くそ……やはり来たか……」




 ──同時刻、コレクションルーム前


 鷹臣たかおみの眼前に、黒い立方体──正しく立方体という訳では無いのだが、まるで黒い箱のような家が禍々しく佇んでいる。まさしくこれが駿我するがのコレクションルームである。


 以前から周囲の住民には「黒い箱」と揶揄され、駿我するがの両親が死んでからは、家の中に誰も居なくなったことから「黒いがらんどう」「がらんどう」「がらんの家」と云われるようになっていた。しくも「伽藍胴殺人事件」との奇妙な符合を見せる呪わしき家。


 その呪わしき家の前──鷹臣たかおみが耳に装着したイヤホン越しに冬湖とうこと会話する。


「無理を聞いてくれてありがとうございます」

「いえ、背後で蠢くは君にしか対応出来なさそうだからよ。とりあえずは扉を開けて貰えたら私も一緒に突入。扉を開けないようなら強行突破……って流れだけどそれでいいかしら?」

「はい」

「……本当に君一人なら扉を開けて貰えるの?」

「おそらくは。もちろんそんな気がするだけなので、無理なら強行突破でお願いします。それよりも冬湖とうこさんの方は色々と大丈夫ですか?」

「今更? まあ問題行動ではあるけれど……私たち公安が追いかけている事案にも関係しているからね。君は気にせず好きに動いて。ああそれと、奥戸おくど君は無事に救出されたわ。結束ゆいつかさんの違法捜査の件もこっちでなんとかするから──」


 冬湖とうこが言い終える前に、「よかった……」と鷹臣たかおみが声を漏らす。


「本当にありがとうございます。冬湖とうこさんのおかげで雪人ゆきひとだけでなく、倫正みちまさも救われる」

「最初から私に相談していればよかったのにね?」

「それは……すみません」

「冗談よ。あの段階で相談されても私は動けなかった。宮下みやしたの使用していた薬物がGRDガラドだと判明したからこそ動けたのよ。まさかそこで私たちが調査しているカルト教団に繋がるなんて思ってもいなかったからね」

「教団が独自に製造している違法薬物GRDガラド……実態のない空っぽの教団……でしたか? 冬湖とうこさんは駿我するがも関わっていると?」

「それはまだ分からない。まあでも、駿我するがはおそらく関係ないと思うわ。駿我するがの身辺を洗っても教団との繋がりは見いだせない。つまり駿我するがの犯行と教団は関係ないということね。たまたま宮下みやしたが譲った薬がGRDガラドだったってことよ。それよりも警察内部に教団の関係者が複数いそうなことの方が問題よね」

下野桜子しものさくらこの『』という証言を潰した存在のことですね?」

「ええ。下野桜子しものさくらこGRDガラド依存で使用が常習化していた。だけどGRDガラドを譲って貰っていた相手は宮下みやしたでも駿我するがでもないみたいなの。でもそれ以上は何も言わないわ。言ったら……ってね。下野桜子しものさくらこの証言からすれば、おそらく初めてGRDガラドを摂取したのは駿我するがとの行為中だとは思うんだけど……」

「その後でその悪魔──教団関係者が下野桜子しものさくらこに接触した。その上でGRDガラドを譲る交換条件として、駿我するがの存在を言わないように指示した……ということですよね。そうなると下野桜子しものさくらこは息子よりも薬物を優先した。GRDガラド……薬物とは恐ろしいものですね」

「ええ。しかもそいつは下野桜子しものさくらこの捜査記録も改竄していたわ。念の為にでしょうがね。ただ、ここで重要なのは駿我するがが教団関係者に監視されていた……ということよね。駿我するがの存在が明るみになれば宮下みやしたの存在も同時に浮上する」

「捜査記録を改竄したとなれば警察内部の人間……ですね。かといって宮下みやしたでは難しい」

「そうなのよね。思ったより根が深そうだわ。まあでも、ひとまずは駿我するがを逮捕するわよ」

「はい。僕も出来るだけ駿我するがから情報を聞き出してみせます」

「ああそれと、前にも言ったけれど……私が公安だということは秘密よ? 駿我するがにも言わないでちょうだい」

「分かっていますよ。でもなんで僕には明かしたんですか?」

「それは……」


 「君の愛撫がとっても上手だったからつい……」と、冗談に聞こえないトーンで冬湖とうこが言い、ため息をつく鷹臣たかおみに対して「冗談よ」と言って笑った。



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