伽藍胴殺人事件side鷹臣/全16話

第61話 佐伯鷹臣 1


 ──二〇一六年九月、東京


「くそ……なんで僕はあんなことを言ってしまったんだ……」


 鷹臣たかおみがとあるマンションの一室で、頭を抱えて呟く。室内はとても整っていて、まるでホテルの客室のような装いである。そんな頭を抱える鷹臣たかおみの背後から、女性がふわりと優しく抱きしめた。さらり──と、女性の艶やかな長い黒髪が鷹臣たかおみを包み込み、甘く蠱惑的な香りが漂う。


鷹臣たかおみ君のせいではありませんよ。それだけ奥戸おくど君が大切だったってことでしょう?」

冬湖とうこさん……」


 冬湖とうこと呼ばれた女性が鷹臣たかおみに顔を近付け、そのまま二人は吸い寄せられるように唇を重ねた。冬湖とうこがその長い睫毛に縁取られた人形のように大きな瞳を閉じ、小ぶりで柔らかな唇を優しく動かす。整った室内には、二人の唇が重なる湿った音だけが、静かに響いていた。しばらくして冬湖とうこが「……ん」と、艶っぽい声を出し、鷹臣たかおみから唇を離して「……ちょっとは抵抗しなさいよ」と呟く。


「抵抗する理由がないです。僕も冬湖とうこさんが好きですし」

「……本当に君はずるいね? そんなこと言いながら交際はしてくれないじゃない」

「僕は……」


 「怖いんです」と、鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げて悲しそうな顔をする。


「……どういった訳か、僕は昔から非論理的なに関わってしまうことが多い。相手を……いや、を知るために相手と体を重ねる場面も多い。大切な相手を作ったとして、傷付けてしまいそうで怖いんです。だから冬湖とうこさんも僕にはあまり深く関わら──」


 鷹臣たかおみの言葉の途中──冬湖とうこが「……優しいのね?」と呟きながら鷹臣たかおみに唇を重ね、言葉を奪う。


「……私は君のおかげでこうして生きていられる。あの家は本当に呪われていたから……」

「……冬湖とうこさんを助けることが出来て本当によかった。。それを教訓に……」


 「冬湖とうこさんも僕に関わるのはよした方がいい。僕の周りはいつもで溢れている」と、先程言おうとした言葉を鷹臣たかおみが口にする。


「……それは無理かなぁ? だって私は君を好きになってしまった。たとえ今は体の関係だけだったとしても、私は君から離れない。それに……」


 「約束したでしょ?」と、冬湖とうこが服を脱ぎながら鷹臣たかおみに問いかける。


「私は約束を絶対に裏切らない。そう決めているの。この世界がどれだけ腐っていようと、私は……私だけは、交わした約束を裏切りたくない。だから……」


 「ね?」と、冬湖とうこ鷹臣たかおみの唇を、今度は乱暴に奪う。そのまま二人は床に敷かれた柔らかいカーペットの上に倒れ込み、しばらくの快楽を貪った──




「……冬湖とうこさんの方は順調ですか?」


 鷹臣たかおみが事後の熱で上気した冬湖とうこの頬に優しく触れ、問いかける。


「……ええ。君のおかげで順調よ。宮下みやしたの罪も暴けるし、伽藍胴殺人事件の情報を漏洩させた人物も特定出来そうね。このままいけば駿我するがを逮捕することだって出来る。私と君の目的は果たせるわ。だけど……本当に逮捕前に駿我するがに会うつもり?」

「はい。出来ればそうしたいんですが……」


 「ダメですか?」と、鷹臣たかおみが真剣な表情で冬湖とうこを見る。それを受けて冬湖とうこ鷹臣たかおみの手に指を絡ませながら「立場上そんなことは許可出来ないんだけど……」と、力無く声を漏らし、鷹臣たかおみの背後に視線をやる。


「……ずっと?」


 冬湖とうこ鷹臣たかおみの背後に視線を固定させたまま、そう呟いた。

 

 「そう……ですね」と鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げる。


「五年前に凛花りんかさんに会ってから


 「抱いてからの間違いじゃなくて?」と、意地悪そうな顔で冬湖とうこ鷹臣たかおみを見る。それに対して鷹臣たかおみが少し困った顔をすると、冬湖とうこは「冗談よ。まあでも、少しくらい嫉妬してもいいでしょ?」と、まるで少女のような屈託のない笑顔を見せた。


「君の背後で蠢く……それを確かめるためにも駿我するがともう一度話してみたいってことよね?」

「そうなりますね。あれから五年、僕は感覚でした。いったいはなんなのか……どうして凛花りんかさんは死ぬことになってしまったのか……」


 「もう一度駿我するがに会って確かめたいんです」と、鷹臣たかおみが眼鏡をかちゃりと上げた。



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