第56話 駿我雅隆 15


 雅隆まさたか田村凛花たむらりんかと初めて言葉を交わし、体を重ねてから数週間。雅隆まさたかは囚われていた。もちろん田村凛花たむらりんかにである。それは中身であり、中身肉壁であり、と断じた全て中身


 田村凛花たむらりんかと初めて言葉を交わした日──薬物を取りに戻った雅隆まさたかは、その後に田村凛花たむらりんかのアパートを訪れた。計画では家を訪れるつもりなどなかった。田村凛花たむらりんかを人知れず攫い、完成させるだけの簡単な計画だったはずだ。何か不備があった際の身代わりも準備した。田村凛花たむらりんかの行動範囲内の監視カメラの位置も把握しているし、これまで異常な程に田村凛花たむらりんかに執着していたかおりの目もない。後は計画通りに事を運べばいいだけのはずだったのだが……


 雅隆まさたか田村凛花たむらりんかに薬物を混入させた飲み物を飲ませ、をした。計画上、リスクしかない無駄な行為。今までの雅隆まさたかからすれば、有り得ない行動である。薬物を摂取させられた田村凛花たむらりんかは乱れに乱れ、その身のうちに蠢く欲をさらけ出した。だがどれだけ乱れようと、けがらわしい中身を見せることはなかった。


 行為中の田村凛花たむらりんかはもちろん自身の快楽を貪欲に求めていたが、相手のことも慮っていた。どうすれば相手が喜んでくれるか、どうすればお互いに満たされるのかを考え、相手が喜んでいないと察すると、「ごめんね」と謝った。徹底的に相手のことを思いやり、自身を責める自罰的じばつてき思考。


 気付けば雅隆まさたかは囚われていた。初めて快楽に溺れた。初めて包み込まれる温かさを知った。実体のない中身と、実体のある中身肉壁の温かさに溺れた。未完成品であるはずの田村凛花たむらりんかを、たまらなくいとしいと思った。


 それと同時、雅隆まさたかは苦しむこととなる。田村凛花たむらりんかを想う雅隆まさたかは完全に思慕の情である。だが雅隆まさたかは、自身の中に芽生えた感情がだとは気付けない。田村凛花たむらりんかという悪魔に自身の中身を侵食され、のだと考える。


 だが田村凛花たむらりんかの提供する、包み込まれるような心地良さと快楽から抜け出せず、計画を実行することもなく時間だけが過ぎていく。普通に仕事をこなし、普通に日々を過ごし、普通に田村凛花たむらりんかを想う。これ以上田村凛花たむらりんかに会ってはダメだと思い、仕事に没頭することで誤魔化そうともした。


 休日はコレクションルームがある群馬に戻り、これまでに作り上げた完成品に囲まれ、自分を整えさせようともした。田村凛花たむらりんかに対する欲求を何とかしようと、杏香きょうかや監禁しているまなぶで発散したりもしたが……


 それでも我慢出来ずに何度か田村凛花たむらりんかと会い、全てをさらけ出させたくて薬物を使い、葛藤しながらも体を重ね合わせ、そして何度もその身の内で果てた──



 ──そんな状況がそろそろ二年経とうかという頃、雅隆まさたかに転機が訪れる。それはいつものようにまなぶの中に欲を吐き出し、息抜きにとコレクションルームから離れた街に出かけた際に起きた出来事。


 ふと雅隆まさたかの視界に入った、行方不明者を探すために作成されたポスター。行方不明者の名前は下野学しものまなぶ。そう、まなぶの両親が作成したポスターだ。それに関しては特に何も思わなかったが、連絡先の項目に書かれた名前に引っかかるものを感じた。


 連絡先の名前は母親だろうか、下野桜子しものさくらこと書かれていて、どこかで聞いたことがある名前だなと、雅隆まさたかが自身の記憶を探る。そこで思い至った事実に、思わず雅隆まさたかは笑いだした。桜子さくらことは、だったのだ。父の不倫相手とのを撮影した映像データの中で、桜子さくらこと呼ばれている女性がいた。


 たまたまかもしれない。だがたまたまにしては出来すぎた偶然。これだけで父が不倫相手の女に産ませたのがまなぶだと断定するのは早計に過ぎる。だがまなぶは兄と仲がいい訳ではないと言っていた。もしかすれば、兄の正樹まさきは何となくまなぶが自分とと気付いていたのではないだろうか。正樹まさきも上手く説明は出来ないが、そこには違う遺伝子を持った相手に対するという壁があったのではないだろうか。


 十二も年の離れた、仲のいい訳ではない兄弟。血縁ではないはずなのに、驚く程に似た顔の造りをした雅隆まさたかまなぶ。父の不倫相手と同じ名前のまなぶの母。


 雅隆まさたかは確信した。なのだと。もちろん同じ遺伝子を受け継いでいるとはいえ、自分とまなぶの見た目がそっくりなのは偶然なのだろう。とりあえずは答え合わせの為にも確認しなければ──


 と、雅隆まさたかは連絡先に書かれた下野桜子しものさくらこに連絡をした。


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