第57話 駿我雅隆 16


 雅隆まさたか下野桜子しものさくらこに会ってみて、まずはその容姿に驚いた。歳は五十を過ぎているはずだが、それを感じさせない若さと美しさ。息子が行方不明となり、憔悴しているのだろうか──その表情や佇まいに、雅隆まさたかは少し興奮している自分に気付く。


 結果として、やはりまなぶ雅隆まさたかの父と桜子さくらことの子だった。初め桜子さくらこは「まなぶが帰ってきた──」と、目に涙を湛えて雅隆まさたかに抱きついた。のだが、やはりそこは母親。まなぶではないことにすぐに気付き、その上で雅隆まさたかも察したようで、「なんでもしますから夫には言わないで下さい──」と泣きつき、そのまま強引に桜子さくらこの家の中へと雅隆まさたかを引っ張り込む。


 ほんの少し前まで息子を心配していたはずなのに、自分の立場が危うくなると保身に走る。息子を想う憔悴した表情から、自身を守る為の汚い懇願の表情へと変わる。その懇願の表情で桜子さくらこは「なんでもしますから」と、雅隆まさたかの下腹部にそっと手を触れた。おそらく桜子さくらこも自身の整った容姿を自覚しているのだろう。と、潤んだ瞳で雅隆まさたかを見つめた。「夫は仕事で帰ってきませんから」「なんでもしますし、好きにして下さい」と、雅隆まさたかの前で服をはだけさせ、しなを作る。


 そんな桜子さくらこの様子に興奮すると同時、どこまでも人間の中身は汚いな──と改めて雅隆まさたかは思い、人間とはなのだと再び実感した。結局はどれだけ整っていようと、田村凛花たむらりんかも周りと同じ人間だ。おそらく田村凛花たむらりんかは、自分がに、穢れていないふりをしているだけ。それに自分は騙されているだけであり、やはり田村凛花たむらりんかは悪魔なんだと、雅隆まさたか


 とりあえず雅隆まさたかは、と言った桜子さくらこに言葉通りさせ、人の尊厳を踏み躙り、調教した。罵倒し、蔑み、快楽の沼にずぶずぶと沈め、残り少ない薬物も使用して徹底的にその体を弄んだ。抱いてみて改めて思ったが、やはり桜子さくらこは容姿が整っている。これならば全て終わった後で、コレクションに加えてやってもいいとさえ思えた。


 そう思うとまた欲情し、桜子さくらこで何度も発散する。先程雅隆まさたかが整ったとは言ったが、いびつな整いのまま


 そもそも雅隆まさたか桜子さくらこに会うことはリスクでしかなかったはずだ。桜子さくらこに会いさえしなければ、まだ大丈夫だっただろうに、この行動で桜子さくらこと知られてしまった。桜子さくらこ雅隆まさたかの父と不倫をしてはいたが、だからと言って雅隆まさたかに会ったことがある訳では無い。こうして会うまでは、雅隆まさたかまなぶにそっくりだとは知らなかったのだ。


 田村凛花たむらりんかの日記の情報と桜子さくらこの話を合わせれば、雅隆まさたかに辿り着いてしまう状況が出来上がる。そればかりかリスクでしかない薬物も使用し、自身の欲を優先させる。だが雅隆まさたかはそのことに思い至れない。もはや整いは乱れ、計画も確実に破綻していく。人間に中身などいらない。それならば中身のない完成品に仕上げなければという思いと、未完成品に対して抱いてしまう劣情の狭間で、雅隆まさたかは整ったつもりで破綻していく。


 一頻ひとしき桜子さくらこの中に欲を吐き出した雅隆まさたかが、今後のことを考える。まずは予定通り田村凛花たむらりんかを完成させ、その後一年ほどは様子を見る。それで何もなければまなぶも完成品に仕上げ──と考えたところで、まなぶの兄、正樹まさきのことを思い出す。──と。


 整った容姿の正樹まさきを想像し、雅隆まさたかは自身の一部が熱くなるのを感じた。どうせなら正樹まさき──と、また余計なリスクを増やす考えが浮かぶ。

 

 その後は杏香きょうか従姉いとこ桜子さくらこをコレクションに加え、邪魔な智治ともはるは廃棄し──と、それを考えただけで雅隆まさたかは更に興奮し、隣で疲れ果てて眠る桜子さくらこで再び発散した。もはや雅隆まさたかに以前のような整いはない。ただただ己の欲望を吐き出し、と思い込むだけ。


 雅隆まさたか桜子さくらこの家を出ると、更に己の欲を満たす為に宮下透みやしたとおるに連絡をした。なぜなら宮下みやしたを脅すために保管していた薬物を、桜子さくらことの行為で使い切ってしまっていたからである。田村凛花たむらりんかを完成品に仕上げようと決心はしたが、どうせなら最後も薬物を使用して抱きたいと思ったのだ。田村凛花たむらりんかを完成させたいが、完成させてしまえば肉の温かみは失われる。その前に──という完成品と未完成品を求めるが故の矛盾した行動。


 宮下みやしたからはすぐに連絡が来た。「みやびさんも薬物を使用し、いつものプレイをしてくれるなら譲ります」と。実はここまで頑なに自身に薬物を使用してこなかった雅隆まさたかだが、宮下みやしたのこの提案をすぐに受け入れた。念願だった田村凛花たむらりんかの完成品を手に入れられるのだから、少しくらいはリスクがあってもいいだろうと。ここまでで冒してしまったリスクも含め、雅隆まさたかは次々と欲に負けてリスクを取る。


 こうして雅隆まさたかは、田村凛花たむらりんかに囚われてしまった二年間で、全てが破綻してしまっていた事に気付けぬまま進む。かおり──



 ──伽藍胴殺人事件side雅隆(了)

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