第55話 駿我雅隆 14


 雅隆まさたかは困惑していた。田村凛花たむらりんかの言葉、その一つ一つが全く理解できず、かといってと理解させられる。雅隆まさたかはこれまで人の中身など見てこなかった。それはひとえに人の中身など、ぬたぬたでぐずぐずの中身内臓と変わらないと知っていたからだ。人が真なる完成品となる為には


 それが今はどうだろうか──田村凛花たむらりんかと言葉を重ねる程にという現実を叩きつけられる。確かに田村凛花たむらりんかは自身の幼い外見を呪い、病んではいた。だが「私なんて死んじゃえばいいんだ」「見た目だけで中身がないんだ」「中身がないから愛されないんだ」と嘆きはするが、その一方で「みんなにも色々あるよね」「私は受け入れられなかったけど、別に不幸になって欲しいなんて思わないな」「結局私が悪いんだよぉ」と、誰のことも呪ってなどいなかった。


 そんな馬鹿な──と、雅隆まさたかの心は揺らぐ。そんなことがあるはずはないのだ。人の中身中身内臓のようにぬたぬたとけがらわしく、ぐずぐずときたならしくあるべきなのだ。おそらく田村凛花たむらりんかも口では言っているだけで、一皮剥けばがぎちぎちと詰まった未完成品のはずだ。


 ではどうすれば田村凛花たむらりんかの穢れた中身を垣間見ることが出来るのか──と、雅隆まさたかは考えた。あれほどを嫌悪した雅隆まさたか。果たしてこれほど滑稽なことがあるだろうか。


 田村凛花たむらりんかから目を逸らすことが出来ない──


 田村凛花たむらりんかの紡ぐ言葉に聞き入ってしまう──


 そう──


 雅隆まさたかは本人でさえも気付かず、。だが雅隆まさたか自身は中身などと思っている。それがアイデンティティであり、幼い時分から雅隆まさたかを整わせてきた全て。完成品作成は正義執行であり、自分はナカノタクマ中not悪魔 で、それが駿我雅隆するがまさたかを構成する全て。雅隆まさたかは自分の中に湧き上がってくる気持ちをなんと表現していいか分からず、ただただ困惑しながら、惹かれながら、魅入られながら、田村凛花たむらりんかの話に聞き入った。


 そんな中、田村凛花たむらりんかが「家で飲み直さない?」と雅隆まさたかに問いかける。問いかけながらも雅隆まさたかの膝の上に手を置き、体は撓垂しなだれ、潤んだ瞳でじっと見つめてくる。


 この時、生まれて初めて雅隆まさたかは未完成品に欲情した。はっきりと自身が欲情していることも自覚した。


 悪魔だ──


 田村凛花たむらりんかは悪魔なのだ──


 そう雅隆まさたかは思った。いや、そう思わなければ、自身の内から湧き上がるこの衝動を説明出来なかったのだ。未完成品に欲情しているなど、そんなことがある訳がない。そうなると目の前にしているこの存在は悪魔なのだと、やはり中身を引き摺り出してやらなければならないのだと、自分に言い聞かせた。


 そうとなれば、やはり田村凛花たむらりんかの中身が悪魔なのだと証明しなければならない。田村凛花たむらりんかの中に潜む悪魔を炙り出さなければならない。


 自分に撓垂しなだれ、甘い吐息で語りかけてくるこの目の前の悪魔は、酒に酔った程度では自身の穢れた部分を晒さなかった。「憎いですよね?」「許せないですよね?」という雅隆まさたかの甘言にも揺るがず、をしてこちらを誘惑してくる。となれば、もっと奥の方を揺さぶるが必要だ。もっともっと醜い欲をさらけ出すが必要だ。と思ったところで、の存在を思い出す。


 監視カメラの設置場所を知るために利用している宮下透みやしたとおる。その宮下透みやしたとおるを必要とあらば脅すために保管していた、違法な薬物の存在を。を使用すれば、人は欲に忠実になり、汚い中身をさらけ出す。を使えば──


 と、雅隆まさたかは考えた。本来であれば、完成品作成過程でそんなことをする必要もないし、薬物を使用するなど余計なリスク。その上、薬物の効果など人によって現れ方に差はある。そんなことは雅隆まさたかも重々承知しているはずだが、思い至らない。なぜなら雅隆まさたかの整いは田村凛花たむらりんかと触れ合うことで既に乱れ、乱れた整いは雅隆まさたかという存在を狂わせる。と断じていた中身を確認せずにはいられない。


 今はただただ田村凛花たむらりんかの中に潜む悪魔を炙り出さなければという思いから、と思っていた中身のことだけを考えていた。そうして田村凛花たむらりんかに「僕もあなたともっと話したい。すぐに戻ってきますから、このままここにいて下さい」と伝え、薬物を取りに店を出た。

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