第54話 駿我雅隆 13


 遂に田村凛花たむらりんかを完成させる瞬間ときが訪れ、様々と考えた完成品作成工程の一つを選んで実行に移す。そのためにまず、自分とそっくりな男──下野学しものまなぶを拉致監禁した。その際、まなぶの失踪があまり大事おおごとにならないように事前に準備もしている。


 その準備とは、まなぶことである。これは案外と簡単にいった。まなぶを呼び出し、二人の将来について甘く囁いただけで、面白いくらいに思い通りに動いてくれたのだ。あとは雅隆まさたかまなぶの関係が周囲にバレなければいいだけなのだが、それに関しても対策はしてある。


 雅隆まさたかは以前からまなぶとの繋がりが周囲に露見しないように努めていたのだ。なぜなら出会った当初、まなぶがあまりにも若かったからである。下手をすれば誘拐と見なされてしまう可能性もあった。かといってリスクはあるが、まなぶは優秀な駒にも成り得る存在。そういった理由から、細心の注意を払ってまなぶとの関係を続けてきた。


 初めて会ってからはパソコンでのやり取りをやめ、雅隆まさたかが契約した携帯電話をまなぶに渡して行っていたし、会うのも人目を避けた離れた街を選んでいた。もちろん現地集合現地解散であり、雅隆まさたかはそれなりに変装もしていた。万が一にも雅隆まさたかまなぶが繋がっていた証拠が残らないようにはしてある。その上で雅隆まさたかは、当初やり取りしていたパソコンを言葉巧みに持ってこさせ、家に「探さないでください」という書き置きも残させた。※結果としてまなぶの両親は、警察に捜索して貰うために、置き手紙は提出していない。


 こうした万全の準備の中、雅隆まさたかまなぶの拉致監禁を完了させた。それと並行し、宮下透みやしたとおるから得た監視カメラの設置情報を元に、田村凛花たむらりんかを攫う場所の候補をいくつも考えていく。ある程度場所が確定したところで、次の行動に移る。


 雅隆まさたかまなぶに変装し、田村凛花たむらりんかの周囲にその存在をチラつかせる行動。と言っても、変装は簡単なものだ。元より顔の造りがそっくりであり、違和感のない人毛のウィッグでも被れば、もはやそれだけで雅隆まさたかまなぶになれる。微妙な差異こそあれ、監視カメラにはっきり映りさえしなければ問題ない。興が乗った雅隆まさたかは、多少のメイクまでしたが、あくまでこの行為は、田村凛花たむらりんかの周囲を下野学しものまなぶらしき人物がうろついていた──程度でいいのだ。


 幸いにも雅隆まさたかまなぶは身長も数センチの違いはあれど、ほぼ同じ。そうしてまなぶの存在を印象付け、田村凛花たむらりんかを攫う。そのまま中身を引き摺り出して完成品に仕上げ──という流れなのだが、実はここまでの流れで、本来であればまなぶの存在は必要ない。そもそも雅隆まさたか田村凛花たむらりんかを人知れず完璧に攫う自信があった。つまり、なのだ。


 田村凛花たむらりんかは数日中に失踪となるだろうが、それで終わり。どこに行ったかも分からず、行方不明のままで終わる。だが、もし仮に何らかのミスがあった場合に、身代わりになって貰う存在がまなぶだ。とりあえずはまなぶを拉致監禁したまま一年程度は生かして様子を伺う。それで何もなければまなぶも完成品として仕上げればいいし、何かあれば田村凛花たむらりんかを攫った犯人にまなぶを仕立てあげ、自殺に見せかけて殺せばいい。


 こうした諸々の準備が整った雅隆まさたかが、田村凛花たむらりんかの完成品作成に向け、行動に移る。だが行動に移してすぐに、予想外の事態が雅隆まさたかに降りかかった。ここまで田村凛花たむらりんかの完成品を作成することだけを考えてきた雅隆まさたかだったのだが、まずはまなぶに変装し、田村凛花たむらりんかがよく利用するバーで声を掛けた際にその予想外の事態に見舞われる。予定通り田村凛花たむらりんかに声を掛け、言葉を交わし、


 田村凛花たむらりんか──


 と。


 もちろん中身内臓は汚いぬたぬたのはずなのだが、中身が穢れていないと思ってしまう。これまでの雅隆まさたかからすれば、有り得ざる心の動き。雅隆まさたかは自身の心の動きに動揺した。


 初めは声を掛け、まなぶの存在をチラつかせるためだけの行為だったはずなのだが、気付けば雅隆まさたか田村凛花たむらりんかと話し込んでいた。田村凛花たむらりんかは酒に酔っていたのか、これまでの自分の人生を雅隆まさたかに語った。圧倒的に儚げで可憐な姿の田村凛花たむらりんか。肌は上気し、言葉を紡ぐその唇は艶やかで、話せば話すほどに田村凛花たむらりんか中身なかみと思ってしまう。


 田村凛花たむらりんかの人生はかおりによって悲惨なものとなっていたが、のだ。


 もちろんかおりのこともそうであるし、正樹まさきのことも恨んでいなかった。田村凛花たむらりんかは徹底的に自分を責めていた。それこそ正樹まさきと別れる際に「私の見た目のせいで変な目で見られちゃうよね。ごめん……」と言ったように、田村凛花たむらりんかということが出来ない人間だったのだ。


 この時を境に、完璧な整いを見せていた雅隆まさたかが、ゆっくりと崩れ始める。

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