第51話 駿我雅隆 10


 偶然にもまなぶ雅隆まさたかにとって、だった。なぜならば、まなぶ雅隆まさたかの顔が限りなく似ていたのだ。ホクロの位置や瞳の色など微妙な差異こそあれ、驚く程に顔の造りが似ていた。


 さらにまなぶはそのそっくりな見た目をもって、雅隆まさたかと自分は運命の相手なのだと胸をときめかせた。と言うのも、まなぶはこれまで誰にも同性愛のことを明かせずに生きてきた。それが辛くて辛くて……


 ある日ネットで同性愛について調べている際に、【紳士淑女の集い】というウェブサイトの存在を知った。そこは正直な話で言えば、悪趣味な交流の場のようだったのだが……


 自分と同じような悩みを抱えている人達が多数いるということで、とりあえず検索してアクセスを試みる。紳士淑女の集いは形だけの年齢確認があるだけで、簡単に閲覧することが出来た。もしかすれば、アクセスしたのがパソコンからだったからということもあるのかもしれない。


 まなぶの携帯電話は、フィルタリング機能によって様々な有害サイトがブロックされている。だが紳士淑女の集いにアクセスしたパソコンは、兄がいらないからと家に置いていったもの。古い型なので動作は遅いが、それでも閲覧制限などはなかった。


 とりあえずはアクセスに成功したまなぶは、簡単なプロフィールと共に現在の悩みを書き込んだ。するとすぐに同じ悩みを持った男性から、多数のメッセージが届く。嬉しくなったまなぶは、その中で話の合う男性一人と会うことにしたのだが……


 結果として体を弄ばれて終わった。初対面なのにも関わらず、信用して家に付いて行った自分をまなぶは責めた。まなぶの若さ故の警戒心のなさが招いた事態ではあるが、世の中には自身のを満たすことだけを考える者が多数いる。


 それからしばらくの間は紳士淑女の集いから離れていたまなぶだったのだが、やはり同性愛者同士で出会うことの難しさに負け、再び紳士淑女の集いの利用を始めてしまうのだが……


 そこから何人もの男に体を弄ばれ、まなぶは絶望した。自分のような同性愛者はまともに恋愛をすることも出来ないのかと自殺さえ考えた。だがそんな時に出会ったのだ。駿我雅隆するがまさたかという悪魔に。


 最初のうちは、まなぶgakuガク雅隆まさたかみやびというハンドルネームを使用してやり取りを始めた。


 雅隆まさたかは傷付き疲れ果てたまなぶの中に、言葉巧みにするすると入り込む。その上雅隆まさたかは、今までまなぶの心を踏みにじった男達とは違い、すぐに会おうとはしなかった。「同じ悩みを抱えている人と話せるだけで安心する」と、体の関係を求めている訳ではないことをまなぶも察する。だが「もしかすればそうやって安心させてから、今までの男達と同じようなことをするのではないか」と、初めのうちまなぶは警戒していた。


 そんな状態でメッセージのやり取りを一週間ほど続け、気付けばまなぶ雅隆まさたかに惹かれている自分に気付いた。気付いてしまってからは自分の気持ちを抑えられなくなり、まなぶの方から雅隆まさたかに「会いたい」とメッセージを送ってしまう。


 そうして雅隆まさたかと会うことになったまなぶは、雅隆まさたかの顔を見た瞬間にとてつもない衝撃を受ける。あまりにも自分に似ていたのだ。冗談など抜きに、まなぶは運命だと思った。自分とそっくりな顔で、同じような悩みを抱えている雅隆まさたかに運命を感じたのだ。雅隆まさたかは厳密に言えば同性愛ではなく、両性愛に近い同性愛だと言っていたが、そんなことは問題ではなかった。


 この人が自分の運命の人なんだ──


 と、その日から雅隆まさたかのことばかり考えるようになる。そんなまなぶに対して雅隆まさたかは、「君はまだ未成熟だ。だから僕は君がきちんと自分というものを獲得出来るまで、君とは友人関係でいるよ」と、暖かい言葉をかけてくれた。すぐに体の関係を求めるのではなく、自分を気遣ってくれる雅隆まさたかに、まなぶはますます心酔した。


 もちろんこれは雅隆まさたかのただの駒作りである。別に体の関係を求めている訳ではないし、そもそも雅隆まさたかは未完成品に欲情などしない。完成品に対してならば劣情を抱くが、汚らしい未完成品など興味もない。雅隆まさたかにとって性行為は他者を利用する際に用いる手段でしかないのだ。


 まなぶに対してすぐにに及ばなかったのは、まなぶが体の関係よりも心の繋がりを重視していたからである。まなぶはそんなことだとは露知らず、どんどんと雅隆まさたかの魅力に取り込まれていった。


 だが当初雅隆まさたかは、まなぶに会わずに終わらせるつもりだった。やり取りを始めた際はまなぶの年齢を知らず、知ったのはしばらく経ってから。まなぶの年齢を知った際は、さすがに若過ぎて駒に成り得ないと思ったからである。その段階ではまなぶ下野正樹しものまさきの弟だとも知らなかったし、容姿が自分に似ているということも把握していなかったからだ。


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