第50話 駿我雅隆 9


 雅隆まさたかかおりという存在を甘く見ていた。かおり田村凛花たむらりんかに異常な執着を見せ、その監視の目は常軌を逸していたのだ。


 かおりはその類稀たぐいまれなる美しい容姿を武器に、数多くの男と繋がっている。それによって田村凛花たむらりんかを包囲する監視の目には隙がなく、かおりの意図に反する者は、その存在をすぐさまかおりに知られてしまう。


 それによって雅隆まさたか田村凛花たむらりんかに近付く隙がなく、かといって何かアクションを起こそうとすれば、たちどころにかおりに知られてしまう。


 こうなれば先にかおりを殺してしまおうか──


 とも考えたが、どうやらそれも無理そうだ。なぜならかおりは常に誰かと一緒にいる。大学内では友人か取り巻きの男。学校が終わった後も、おそらく何人もいる


 雅隆まさたかは頭がおかしくなりそうだった。早く、早く田村凛花たむらりんかを完成させなければ──と、かおりをどう排除すればいいのかを連日のように考えた。だがやはり隙はなく、時間だけが無駄に過ぎていく。


 こうなれば先に他の完成品を──と、雅隆まさたかは考えたが……


 ダメなのだ。この段階になって、雅隆まさたか田村凛花たむらりんかの完成品にしか興味が示せなくなっていた。それこそ田村凛花たむらりんかの完成品を作る上での、作業としての完成品作成なら出来るだろう。だが……


 今現在、その対象と成り得るのはかおりただ一人。手詰まりだった。それ程にかおり田村凛花たむらりんかに対する監視は完璧だ。


 そうこうしているうちに田村凛花たむらりんかが引き篭ってしまう。最悪なことに、学生向けのマンションだが管理人が常駐し、監視カメラまでしっかりと備え付けられたマンションに。その上、田村凛花たむらりんかがマンションに連日のように男を招き入れ、もはや雅隆まさたかが入り込む余地など皆無と言っていいほどに、田村凛花たむらりんかは多数の目に晒されていた。


 雅隆まさたかにとって、どうしようもない日々が過ぎていく。田村凛花たむらりんかが留年し、大学生活が一年伸びた際はチャンスだと思った。のだが……


 ここでもかおり雅隆まさたかの計画を阻む。どういったつもりかは分からないが……


 かおりは大学院へと進み、その培った人望を駆使し、田村凛花たむらりんかをサポートし始めたのだ。もちろん田村凛花たむらりんかの彼氏を寝取った張本人なので、自身が表立ってのサポートではない。


 かおりは周囲の友人や、更には後輩や教師なども巻き込んで、徹底した田村凛花たむらりんかのサポートに当たった。


 中には田村凛花たむらりんかかおりの間で何があったのかを知る者もいたが、やはりそこはかおり田村凛花たむらりんかへの凄まじい執念。誰もが疑う余地もないほど完璧に、「初めは田村凛花たむらりんかの彼氏だと知らなかった女」「気付けば田村凛花たむらりんかの彼氏を愛していた女」「田村凛花たむらりんかに申し訳なくて、まだ好きだったが別れた女」を演じきったのだ。時には涙を流し、気付けば周囲はそれを信じていた。


 サポートに当たった周囲の人間は、決して田村凛花たむらりんかの外見を褒めずに内面を褒め、「みんな田村凛花たむらりんかの内面が好きなんだよ」と、外見によるトラウマに触れないように支え続け、それは田村凛花たむらりんかの卒業まで続く。


 更には雅隆まさたかがその存在を把握していなかった、下野正樹しものまさきという交際相手も定期的に家を訪れるようになる。もはや在学中、田村凛花たむらりんかの傍にはいつも誰かがいて、夜も寂しさから精神が不安定にならないようにと、必ず一人は同性の友人が家に泊まった。


 ここまで来ると、雅隆まさたかかおりの人心掌握術に感心してさえいた。自身の目的のために使えるものはすべて使い、自身の思い通りに事を運ぶ。かおりは自分に似ているな──とも思った程だ。


 雅隆まさたかが調べたところによれば、かおりは、特殊な性癖を持つ人物が集まる【紳士淑女の集い】というウェブサイトを頻繁に利用しているようだった。そこで自分の性癖を満たしてくれる相手を探すと共に、も探していた。もちろんかおりが犯罪に手を染めたい訳ではない。


 である。


 この徹底的に他者を利用するかおりに、雅隆まさたかは感心したのだ。今のところ雅隆まさたかは、自身の近しい者の中にしか協力者を作っていない。もちろんそれは協力者を増やすことで様々な企みが露見してしまうことを恐れてのことなのだが……


 今後は協力者を増やさなければならないなと、雅隆まさたかが方針を変更することに決める。と言っても、新しく見繕う協力者に、自分の本性や計画を話す訳ではない。あくまでかおりのように駒を増やすだけ。そうとなれば行動を開始しようと、雅隆まさたかも紳士淑女の集いで駒になりそうな適当な相手を探し始めた。


 駒の獲得は案外とスムーズに進み、見つけたのは同性愛者の男性二人。一人は群馬ではなく東京在住の宮下透みやしたとおるという警察官で、薬物を使用した行為を求めてきた。もちろん雅隆まさたか自身は薬物を使用せず、その証拠は宮下透みやしたとおるを駒として利用する時のために保管。宮下透みやしたとおるとは定期的に体を重ねる関係として繋がっておく。


 そして二人目は、雅隆まさたかにとっての素晴らしい駒が手に入る。紳士淑女の集いでやり取りを始めた当初、お互いにハンドルネームだったことや、詳細なプロフィールもなかったことによって気付いていなかったのだが……


 相手は下野学しものまなぶという十四歳の学生で、今現在田村凛花たむらりんかと遠距離交際している下野正樹しものまさきの歳の離れた弟だったのだ。

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