第49話 駿我雅隆 8


 なぜ──


 なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ──


 なぜだ!!


 と、雅隆まさたかは感情の昂りのままに叫んだ。父の金庫を開け、この世界の汚さを知ったことで整った存在となった雅隆まさたか。人間に中身感情など必要なく、その中身内臓を引き摺り出す正義の執行人として整った雅隆まさたか。その整った存在となった雅隆まさたかが、整いの乱れた叫び声を上げた。


 早く、一刻も早くあの未完成な田村凛花たむらりんかを完成させなければ──


 そう思うと同時、雅隆まさたかの脳内で凄まじい量の情報がガチガチと組み上がっていく。既に雅隆まさたかが得たこれまでの知識や整わせた環境。それによって田村凛花たむらりんかを人知れず完成品にする方法など、いくらでも存在する。だが──


 予行練習をしなければな、と思う。どんなに完璧な作業であっても、不測の事態は付き物だ。これまで何度か動物では試している。コレクションルームには動物の完成品もいくつかある。だが人間ではまだ試していない。試さなければ──


 と思う。


 人間での作業を何度か経験しなければ、もしかすれば田村凛花たむらりんかの作業時に、不測の事態が発生するかもしれない。


 そう思った雅隆まさたかは、遂に人間でのコレクション作成に取り掛かる。これまでに自分好みの容姿をした未完成品は男女合わせて五十以上リストアップしている。もちろんその中には杏香きょうか従姉いとこも含まれる。のだが、杏香きょうか従姉いとこは残しておかなければならないなと思っている。


 杏香きょうかはコレクションルームの管理やその他諸々の雑務に必要であるし、従姉いとこに手を出してしまえば、便利な杏香きょうかが完全に壊れてしまう。杏香きょうかを道具として使うための外部装置が従姉いとこなのだ。


 杏香きょうかの夫である智治ともはるに関しては、容姿が整っていないのでコレクションの候補外。今となっては便利な杏香きょうかがいるので、いずれは廃棄する予定である。


 兎にも角にも雅隆まさたかは、人間でのコレクション作成に取り掛かった。その数は高校一年から大学一年までの間で五個。やはり作業をしてみて分かったが、完成品の作成は難しい。本来であれば完成品は六個に達しているはずだった。だが最初の一個、人間での初作業の際に失敗し、外身を大きく傷付けてしまったのだ。仕方がないのでその一個は廃棄し、結果として完成品は五個となった。


 また、未完成品の調達に関しても学ぶことは多かったなと雅隆まさたかは思う。改めてだが、日本は監視カメラが多すぎる。六個の未完成品は事前に対象の行動把握をし、その上で監視カメラがないであろう場所を探って調達したはずなのだが……


 雅隆まさたかの認識外のカメラに二度ほど、ほんの僅かにだが姿が映り込んでしまった。しかもそのどちらもが、未完成品を調達する瞬間だ。だがカメラの端に一瞬映りこんだだけで、その姿形は不鮮明。世間にも公開され、映像の解析などもなされたが……


 幸いにも、それによって雅隆まさたかの元に捜査が及ぶということはなかった。雅隆まさたかはこれを教訓に、出来れば監視カメラの位置を把握している人物と繋がることが出来ればと考える。それに加え、もしもの際の身代わりやアリバイ工作なども、必要以上に徹底しなければと再認識した。


 だが、なにも悪いことばかりではない。人間での作業を何度か経験したことで、雅隆まさたかは自信を得ていた。今の知識と技術ならば、田村凛花たむらりんかの作業時に失敗することはないだろうと。


 これでようやく次は田村凛花たむらりんかの番だと行動を開始しようとしたところで、雅隆まさたかはある事実に気付いた。それは……


 という事実。実は今現在、雅隆まさたか田村凛花たむらりんかと同じ大学に通っている。学年が二つ違い、接点はない。いや、あえて接点を作らずに観察していた。


 そんな中、田村凛花たむらりんかと同学年の女が、ことに気付いた。


 幸いにもと繋がっている人物は何名か知っている。探りを入れてみたところ、その女の名前は織笠香おりかさかおり。ミスコンにも選ばれ、大学内では有名な女だった。その整った容姿は、雅隆まさたかのコレクションに加えたとしても、群を抜いて整っている。


 と言っても、やはり田村凛花たむらりんかと比べると劣る。織笠香おりかさかおりも整ってはいるのだが、それは現実的な整いだ。田村凛花たむらりんかの現実感を伴わない、圧倒的に儚げで可憐な容姿には到底叶わない。もちろん田村凛花たむらりんかをコレクションに加えた後で、この織笠香おりかさかおりを次のコレクションに加えてやってもいいとは思うのだが……


 この織笠香おりかさかおりという存在が、しばらくの間雅隆まさたかの計画を阻むこととなる。


 



 

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