第48話 駿我雅隆 7


 その当時のことは、今思い返してみても奇跡だったなと、雅隆まさたかは思う。両親をどう自殺させようか、殺し合わせようかと思っていたところで、勝手に殺しあったのだ。遺産や未成年後見人のことに関しても、父が勝手に雅隆まさたかの理想通りの遺書を準備していた。遺書のおかげで家庭裁判所が間に入ることもなく、杏香きょうかが未成年後見人となった。それによって雅隆まさたか杏香きょうかは莫大な遺産を手に入れる。正に理想通りの展開である。


 その後の展開も、面白いくらいに雅隆まさたかの思い通りに進んでいく。雅隆まさたかが準備していた日記、中not悪魔を読んだ杏香きょうかが、事件の真相を知る。だが杏香きょうか雅隆まさたかが予想した通り、警察に相談はしなかった。まあ相談されたところで二重三重と他の道を考えていたので、どうということはないと雅隆まさたかは思っていたのだが。


 ただ、これによって予想していた杏香きょうかの性質が裏付けされた。やはり杏香きょうかのだ。第一優先は。それ以外はどうでもよく、かといってどうでもいいからと適当にすれば托卵行為がバレる可能性がある。そうなれば、娘に


 となればやはり杏香きょうかにとっての最善策は警察に相談などせず、このまま雅隆まさたかを自分の手で管理すること。幸いにも杏香きょうかの見立てでは雅隆まさたかは解離性同一性障害だ。精神科医を目指していた自分ならばなんとか出来ると判断し、無駄な奮闘をし始めた。なんにしても全てが雅隆まさたかにとって都合よく動いていく──



 ──それから時が流れ、雅隆まさたかの両親の死から三年。雅隆まさたか杏香きょうかに全てを話し、絶望と恐怖でその心を完全に支配することに成功した。杏香きょうかを支配したことで雅隆まさたかは計画を次の段階に進める。自分はを作るための様々な勉強を始め、杏香きょうかにはゆくゆくコレクションルームとなる場所を作らせ始めたのだ。


 勉強に関しては、杏香きょうかの所有する様々な医学書のおかげもあり、想像以上にはかどった。足りない知識はその都度専門書を取り寄せさせ、結果として雅隆まさたかの知識を得ることが出来た。必要な薬品や道具に関しても杏香きょうかに揃えさせ、準備は着々と進んでいく。


 コレクションルームに関しては、杏香きょうかに相続させた雅隆まさたかの実家を使うことにしていた。防音の作業室や温度管理を徹底したコレクションルームを作り、全ての窓に鉄格子を付けるなどの侵入対策も徹底。かといって家の外観はなるべく変えず、目立たないようには配慮した。


 と言っても、雅隆まさたかの実家は元々が少し特殊な形をしていた。黒い立方体──正しく立方体という訳では無いのだが──遠目に見て、四角く黒い箱のような外観をしている。これは雅隆まさたかの父が防犯対策で作らせたのだが、黒く整ったその四角い家は、逆に整い過ぎているが故に、雅隆まさたかの父の異常性を示しているように感じられる。


 以前から周囲の住民には「黒い箱」と揶揄され、雅隆まさたかの両親が死んでからは、家の中に誰も居なくなったことから「黒いがらんどう」「がらんどう」「がらんの家」と云われるようになっていた。しくも「伽藍胴殺人事件」との奇妙な符合を見せている。


 そんな順調に計画が進んでいく中、雅隆まさたかが高校一年時に転機が訪れる。いつも通りにいい生徒、いい友人を演じている中で、偶然雅隆まさたかの耳にある噂が入ってきたのだ。


 ──


 と。


 まさしくこれが田村凛花たむらりんかのことであり、雅隆まさたかの今後の方針が決定的となる運命の分岐点。と聞いて、黙っていられる訳がない。雅隆まさたかはその噂を聞き、その女生徒を見物に行くことにした。


 そこで見た田村凛花たむらりんかの圧倒的に美しく、儚げな容姿。まるで現実感を伴わない、もはや生きた人形のような佇まい。


 雅隆まさたかは一瞬で心を奪われ、抑えようのない衝動に駆られた。


 ──


 と。


 そこからは田村凛花たむらりんかについて徹底的に調べた。幸いにも田村凛花たむらりんかが通う学校には、従姉いとこや多数の友人も通っていた。よくよく話を聞いてみれば、友人の中の何人かは田村凛花たむらりんかに告白をしたこともあるようで、調べるのにはそれほど手間取らなかった。


 それによれば、田村凛花たむらりんか雅隆まさたかの二歳上の高校三年生。今まで数多くの男に言い寄られてはいるが、交際経験はない。自分の容姿に自身があり、多少自意識過剰なところがある。だが性格は穏やかで優しく、誰からも愛される理想的なマドンナのような存在。中学時代は担任の先生が好きだったらしく、内面に関しては年相応の女の子に感じられる。


 雅隆まさたかはこの調べた結果から、頭がおかしくなってしまいそうなほどに絶望した。


 調べれば調べるほどに田村凛花たむらりんかはあれほど完璧な容姿なのに、なぜ動いているのか。なぜ呼吸するのか、なぜ話すのか、なぜ恋愛するのか、なぜ食事をするのか、なぜ排泄するのか、なぜ汗をかき、涙を流し、笑い、完璧な存在から遠ざかっていくのか──


 と。

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