第47話 駿我雅隆 6

 どういった心理状況で従姉いとこがそういった性質になったのかは分からないが、雅隆まさたかはそれを利用することにした。「お母さんって精神科医を目指してたんだよね? 二人で変な日記を書いて、どんな診断を下すのか見てみたくない?」と、提案したのだ。もちろん却下されれば他の方法を考えるし、どうせなら従姉いとこも巻き込んでやろうという遊び心。


 予想外にも従姉いとこは日記の件を快諾し、それに対して「このことは僕がいいって言うまでは、誰にも絶対に内緒だよ?」と、約束させた。と言っても、確かにという性質ではあるのだろうが、かといってという言葉は危うい。もしかすれば従姉いとこの中で、何かしらルールのようなものがあるのかもしれない。


 もちろん雅隆まさたかは、これに関しても裏切った場合を想定していた。もし仮に従姉いとこが約束を破ったとしても、子供同士の少し悪趣味な遊びで済ませ、そもそもの日記を使った計画を変更するだけ。だが従姉いとこは律儀に約束を守り、そんな思い通りに動いてくれた従姉いとこ雅隆まさたかは褒めた。


 そして迎えた運命の日。それは雅隆まさたかが十一歳の時に、予期せず唐突に訪れた。その日、いつも通り父に愛される行為を終えた雅隆まさたかが、穢らわしい汚れを落とすためにシャワーを浴び、着替えている最中に起きた出来事だ。


 脱衣所でゆっくりと服を着替えていると、唐突に父の「やめろ!」という叫び声がしたのだ。それと同時、母のけたたましい奇声も聞こえ、雅隆まさたかは急いで着替えを終わらせて父の寝室に向かった。開け放たれた寝室のドアから中に入ってみれば──


 そこには血塗ちまみれの両親の姿が。


 母は既に事切れているのか、床に倒れ伏してぴくりとも動かない。体の周りにはおびただしい血液が流れ出し、さながら血の池である。あまりの唐突な展開に、雅隆まさたかも多少は驚いたのだが……


 おそらく死んでいるであろう母に対しては、「汚い中身を見せて最低だな」程度にしか思わなかった。まあとりあえず意図せず両親が殺しあったのだろうと、父に視線をやる。


 父は血塗ちまみれの姿で床に両膝を付き、首筋を手で抑えていた。だが抑える手の間からは血が吹き出し、口をぱくぱくさせて呻き声をあげている。


 床を見れば二本の包丁。なるほどな、と雅隆まさたかは納得する。おそらくおかしくなった母が二本の包丁を手に持って父を襲撃。だが包丁を一本奪われ、父に滅多刺しにされた。その際、狙ってやったのかたまたまなのかは分からないが、母の手に残されたもう一本の包丁が父の頸動脈を捉えた──


 といったところだろう。父は血を流しすぎたのか、もはや動くことは出来ないようで、このまま放っておいても死ぬのだろうと思う。雅隆まさたかは思わず訪れた最高の状況に笑みがこぼれた。


 最近はどうやって両親を殺し合わせるか、もしくは自殺させるかばかり考えていたので、これはもしや神様からのギフトなのではないかと面白くなってしまう。とりあえず唐突な事態ではあったが、雅隆まさたかは準備していた通りに動く。


 まずは手袋を嵌め、父の書斎の金庫を開ける。金庫の中には様々な映像作品があったが、とりあえずは不倫相手との行為を撮影した映像だけを残し、他は全て回収。もちろん杏香きょうかとの行為の映像や、父がご丁寧にも直筆で書いた「私が死んだとしたなら、おそらく妻に殺されたのだろう。そんな妻には財産など与えたくはないし、息子を虐待している証拠もあるので、親権を剥奪して欲しい」といった主旨の文章も回収。それと同時、不倫相手との行為映像を一つ、父のパソコンで再生させておく。


 回収した映像作品は、あらかじめ自分の部屋に用意しておいた隠し場所へと隠す。これに関してはそれほど凝った隠し場所にはしなかった。なぜならと分かっていたからだ。まあバレたらバレたで父が知らない間に隠していたことにすれば、問題はないだろうと思っている。


 だがバレてしまった場合、父と杏香きょうかの不倫や托卵行為もバレてしまうだろうが、そうなったらまた別の手を考えればいい。あくまでも雅隆まさたかの計画は、いずれ訪れる理想の生活に辿り着ければいいのだ。そこに至る方法はいくらでもある。出来れば手足となって動いてくれる杏香きょうかやその夫の智治ともはる、莫大な遺産などを手に入れたいがため、今回はそこに至る道を色々と準備していただけだ。そこへたまたま都合よく父と母が殺しあってくれ……


 勝手に自分の理想通りの流れになっていくことに、雅隆まさたかは色々と動きながら笑っていた。


 とりあえず書斎の仕込みを終えた雅隆まさたかは、父と母が死んでいる寝室へ行き、それなりに父や母を触って自分の体に血を付着させる。綺麗なままよりは、何が起きたか分からず父と母の死体にすがり付いた方が自然だろうという考えでの行為だ。


 その後、しばらくしてからパニックになった体で警察に電話。駆け付けた警察に「お風呂に入る前、母が父の書斎でドラマか何かを見ていた」「お風呂から出る時に叫び声が聞こえたので、寝室に行ったら父が首から血を流しながら母を何度も刺していた」「その後で父が倒れ、名前を呼んでも父も母も反応しなくなった」というようなことを、呆然とした様子で語ってみせた。それに加えて「父と母は最近すごく喧嘩してた」「不倫って言葉も何度か聞いた」と、ダメ押しの言葉も混ぜる。警察に「もう大丈夫だよ」と抱きしめられた時は、上手く泣いてみせることも出来た。


 その後は雅隆まさたかの予想通りに事が進み、父の書斎で再生されていた不倫相手との動画を警察が確認。開いていた金庫から、父と多数の不倫相手との淫らな映像を押収。家は警察が来るまでしっかりと施錠されており、何者かが侵入した形跡もない。何より雅隆まさたかの「目の前で父が母を刺していた」という目撃情報。包丁にはお互いの指紋しかなく、何が起きたのかは明白。


 結果として捜査はすぐに終わり、不倫の末の凶行として事件は片付けられた。

 

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