筆休め

 


 さて、ここまで伽藍胴殺人事件に関わった人物のエピソードを様々と紡いできたが、ここに来て私は違和感を覚えている。このまま書き進めるつもりではいたが、とりあえずの休憩、短い筆休めとしてこの頁を書いている次第である。


 「筆休めなのに書いているじゃないか」というお声が聞こえてくる気もするが、に促されるがまま文章を書いている私にとっては、自分の気持ちを素直に書き表すこの行為こそが筆休めなのだ。


 気持ちを素直に書き表すことで違和感の正体を探れないか、という試みでもあるのだが……


 私はこの文章の「はじめに」で、これから書き記す物語──文章は、ほとんどが私が体験していない出来事だ。世に溢れるゴシップ記事や警察関係者、ならびに友人から知り得た情報。そして──


 耳元でささやの言葉によって構成されたもの。初めに謝罪させて貰うが、物語としての体を成していない文字の集まりだ。


 と書かせては貰ったが、違和感はそういった文章の成り立ちに対してではない。もっとも、普通の感覚で言えばの言葉によって構成されたもの──という言葉自体が違和感だとは思うのだが、そこは問題ではない。ものなので、議論する余地はないと思っている。


 まあつまり、何が違和感なのかと言えば……


 私が文章の外側にでもいる感覚──とでも言えばいいのだろうか。


 察しの通り、私は文章中に登場した桜子おうこ──奥戸雪人おくどゆきひとである。結束倫正ゆいつかみちまさ田村凛花たむらりんかの頁での文章表現はまあいいとして、違和感は自分──奥戸雪人おくどゆきひとの頁についてである。なんと表現すればいいのだろうか……


 特に意識して書いたわけではないのだが、気付けば私はとでも言えばいいのだろうか……


 とにかくなんと説明すればいいのかは分からないが、に陥っているとでも言えばいいのか……


 とにかく違和感を禁じ得ない。もちろん私はに取り憑かれてしまっているのだから、自分が書きたい文章にはなっていないのだろうし、書いている自覚に乏しいのかもしれない。だが……


 ……全くもってだめだ。考えても考えても頭がクリアにならない。筆休めのつもりだったのだが、休むつもりが迷路にずんずん進んで体力を消耗している。とりあえずは続きを書こうとは思うのだが……


 違和感以外にも、不可解な点が二つ程ある。


 一つ目は、今私の目の前にある推理小説の存在である。気が付けば目の前のテーブルの上に置いてあったのだが、誰が持ってきたのかが分からない。何年か前に流行った記憶があるが、買った覚えもないものだ。タイトルは「空っぽの私たち」というもので、「kyokaキョウカ」という年齢性別共に不明の作者の作品。


 いつの間にか置かれていたことを不審には思ったが、息抜きに読んでみようかと手に持ったところで異変が起きた。私の脳内にが浮かび上がったのだ。浮かび上がった記憶では、友人の鷹臣たかおみが苦しそうに胸を抑え、「分かった! 黙っている!」と叫んでいた。意味が分からなかったので、鷹臣たかおみに電話してみたのだが……


 「雪人ゆきひとの夢じゃないですか? それよりも執筆は順調に進んでいます?」と、話題を逸らされてしまった。まあ本人がそう言っているのだから夢なのだろうとは思ったが、なんだかもやもやとはする。だからといって深く追求したところで、夢だとしたら意味の無い問答だろうと追及はせずにおいた。だがとりあえずはこの「空っぽの私たち」は気味が悪かったので、放置することに決める。


 もう一つの不可解な点は、この文章の「はじめに」の文末の文言である。と言っても、その文言は意味が分からなかったので削除している。自分で書いたくせに意味が分からないとは、正に意味が分からないな、とは思うが……


 おそらく私は自分が書いているつもりで、に書かされているということなのだろう。そうなれば、自分がという違和感の正体はそれであろう、とも思うが……


 やはりそれも違う。


 だめだ……頭がもやもやしておかしくなりそうだ。いったいあの削除した文末の文言はなんだったのか。「これから書く内容は、フェアプレイの観点から嘘を書かないこととする」という文言は……


 ああ……


 今も私の耳元では──


 かいて……

 わたしとりんか※※※※のものがたりを……


 ──と、狂った女の声がする。



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