第18話 田村凛花 6


「そしたら元カノも『分かった!今から抱かれてやる!』って電話を切られて……」

「その後どうなったの……?」

「次の日の夜に電話が来たんだけど無視した。それで三日後だったかな、メールが届いたんだ。他の男に抱かれてる写真と一緒にね」

「何それ……そんなのその元カノさんが最低じゃん……」

「いや……その写真なんだけどな。元カノ泣いてたんだ。目を真っ赤にして泣いてた。泣いた顔で無理やり笑顔作って……ピースまでして……メールには『今最高に幸せ』って……」

「何それ……意味分かんない」

「俺も意味が分からなかった。分からなかったし腹も立った。別れたんだから腹を立てる道理はないと思うけど、とにかく腹が立ったんだ。まあだけど、そのメールには返信しなかった。それからは特に音沙汰もなかったんだけど……一年後、元カノは自殺した」

「そんな……でもそれってMASAマサさんは悪くないじゃん……」

「まあそうなんだろうけど……もっと優しい言葉をかけてれば違ったかな、とは思ってる。長く付き合ったくせに、最低な別れ方したな、って後悔もしてる。まあ今となっては……だけどね」

「でも……」

「それにな。別れた日の夜に電話が来たって言っただろ?あれ……俺に助けを求める電話だったらしいんだ。元カノの葬式には行ったんだけど、そこであっちの両親に泣きながら日記を見せられて知った。『付き合うも別れるも当人同士のことだから仕方がない。君が悪くないことは分かってる。だけど……もう少し優しくすることは出来なかったのか?』って、めちゃくちゃに泣かれたなぁ」

「助けを求める電話って……?」

「元カノ……俺と別れた後、SNSで『寂しい』『頭がおかしくなりそう』『死にたい』って呟いてたらしいんだ。そしたら『話くらい聞くよ』ってメッセージを送ってきた男がいて、その男とって日記には書いてあった」

「エッチする相手探してた訳じゃないってこと?」

「そうみたいだね。だけど居酒屋でその男と色々話したのは何となく覚えてるけど……気付けばホテルのベッドで横になってたって書いてあった。目を覚ましたらホテルのベッドで、まだ服は乱れていなかった。浴室からはシャワーの音が聞こえてきて……『薬を盛られたんだ』って思ったみたいだね。すぐ逃げればよかったんだけど、パニックになった元カノは俺に電話したんだ。だけど俺はその電話を無視して……そのうち浴室から男が出てきて……無理やり……」

「ひどい……」

「抵抗しようにも薬が効いてたのか上手く体が動かせなかったみたいでね。行為中の動画も撮られたって書いてあった。その動画をネタに脅されて無理やり笑顔でピースしてる写真を撮られたみたいだね。俺にメールを送らせたのもその男らしい。しかも元カノ、居酒屋でかなり酔っ払ってたらしくて『本当に誰かに抱かれよっかな』『抱いてくれます?』ってその男に話してたらしくて、それも録音されてたって」

「元カノさん……そんなつもりなかったんだよね?」

「日記には『酔った勢いで冗談で言った気がする』とは書いてあったかな」

「でもそれってその男の人……捕まらないってこと?」

「いや、捕まったよ。そいつ他にも同じようなことしてたみたいで、別件で捕まってた。まあ元カノが死んでしまってからだけど……」

「そっか……でも元カノさんが自殺したのって一年後だよね?」

「そうだね。それからの一年間のことも日記に書いてあった。。『乱暴された時の動画の流出が怖くて誰にも言えない』『一人でいると頭がおかしくなりそう』『寂しい』『怖い』『死にたい』って書いてあったかな。動画のこともあるから近しい人には相談出来ず、そこからSNSで寂しさを紛らわせるために色んな男と会うようになって……日記に全部書いてあるかは分からないけど、元カノは自殺するまでの間に七十人くらいと関係を持ったみたいだね。性病にもなったし、子供も堕ろした……って書いてあった」

「なんだか私みたい……」

「俺にはよく分からないけど……元カノは自分を傷付けることで心の均衡を保とうとしてたんじゃないかなって……まあ勝手に俺がそう解釈してるだけなんだけどね。リンちゃんもそうなのか……?」

「うん……私も元彼と別れた後、元カノさんと同じようなこと始めたんだ。抱かれてる間は寂しさも忘れられたし、汚れてく自分が気持ちよくて気持ち悪かった。それで気付いたらもうなしじゃ生きていけなくなってて……性病も経験したし、その……子供も……堕ろしたんだ。今MASAマサさん言ってたよね? 『自分を傷付けることで心の均衡を保とうとしてたんじゃないかな』って。今思えば私もそうだったのかなって思う。リストカットも一度始めるとやめられなくなるって言うし……」

「リンちゃんも大変だったんだね……でも……」


 「死んだらだめだよリンちゃん?」と、MASAマサが真剣な声で凛花りんかに問いかける。


「もしかしてMASAマサさんが私に声をかけ続けたのって……」

「そう……だね。リンちゃんに元カノのこと重ねてた。リンちゃんSNSに『一人でいると頭がおかしくなる』『寂しいよぉ』『怖いよぉ』『死にたいなぁ』って書き込んでただろ? それを見た瞬間に胸が苦しくなって、気付いたらDMを送ってた。まさかここまで元カノと同じような経験してるとは思わなかったけど……最低だろ? 自分の罪悪感を消すためにリンちゃんを利用しようとしたんだ……」

「そんな……最低だなんて思わないよ……」

「いや、いいんだ。リンちゃんにDMを送っている間はなんだか気持ちが楽になってたのは確かだし……今思えばリンちゃんに東京に来なよって言ったのも、そんな自分の気持ちが先走った軽い発言だったって反省してる」

「一つだけ聞いていい?」

「ん?」

「私のSNSの写真分かる?」

「あの下着姿で顔の写ってないやつのことか?」

「うん。他の人はあの写真見て、『リンちゃんの顔が見てみたい』って送って来る人しかいなかった。なんでMASAマサさんは『顔が見たい』って言わなかったの?」

「それは……他の人と俺の目的は違うだろ? 俺は……その……別にリンちゃんとヤリたいって思った訳じゃないし……それに……」

「それに?」

「別に元カノを悪く言う訳じゃないぞ? その……なんて言うのかな……」

「何?」

「元カノは別にかわいいって訳じゃないぞ? 中身が好きになって付き合ったんだ。俺はそもそも外見はそんなに気にしない。まあもちろん清潔感ないのはちょっと無理だけど……リンちゃんが送ってきた四十代? くらいの女性でも平気」

「あはは! 何それ! 本気で言ってるの?」

「本気だよ。だって人って中身が大事だろ?」

「そんな人本当にいるんだねぇ。まあでも、あの写真送ったのにメッセージ送り続けてくれたしねぇ」

「だから本当に心配してるんだって」

「うん。本当に私のこと心配してくれてるのが伝わったかな。よく考えてみたら私に拘る意味ないもんね。エッチしたいだけならそういう女の子いっぱいいるし」

「全然返信してくれないから心が折れそうだったけどね?」

「ごめんなさい」

「それで……どうしようか?」

「どうしようかって?」

「今後のことだよ。やっぱりリンちゃん……東京に出てきたら?」

「……本気で言ってるの?」

「そう……だね。信じてくれるかは分からないけど……リンちゃんと電話で話してみて、リンちゃんの中身が好きになった」

「うん……」

「だから……さ。俺と付き合ってみない? たぶん傷の舐め合いみたいな関係なんだろうけど、本当にリンちゃんが好きになった」

「うん……」

「だめ……かな?」


 このMASAマサの問いかけに、凛花りんかは静かに涙を流していた。この人は本当に自分の中身だけ見てくれている。それが本当に嬉しくて、しばらく泣いた後で「よろしくお願いします」と、答えていた。


「え!? 本当に!?」

「そんなに驚かないでよ。MASAマサさんのこと本当に信用出来るって思ったから。でも変な関係だよね。お互いに顔も本名も知らないのに付き合うなんて……」

「確かに。普通じゃありえないよな。もしかして運命……とかだったりして」

「なんだかみたいだね。私も……MASAマサさんに出会えたこと、運命だって思いたい」

「二人で頑張って運命を掴み取ろっか」

「ちょっとその台詞はくさいかなぁ」

「ひど」

「嘘うそ。あっ! それより名前! 付き合うなら名前はちゃんと知らないとだよ! 私は田村凛花たむらりんかMASAマサさんは?」

「俺の名前は……」


 「下野正樹しものまさきだよ」と、後に伽藍胴殺人事件の容疑者として指名手配されることとなる男は笑った。



 ──田村凛花(了)

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