第43話 駿我雅隆 2


 そこから両親の不仲──違和感を確かめるために、雅隆まさたかは金庫を開けることを決心する。なんでお父さんとお母さんの間には見えない壁があるのだろうか、もしかしたら自分がなんとかしてあげられるのかもなと、知恵を巡らせた謎解きの遊び。父を観察して得た数字使用の癖や、ダイヤル式の鍵の構造。


 この時点で六歳となっていた雅隆まさたかは、年相応に胸がわくわくした。言葉も多く知っているし、それを使って大人のように話を組み立てられる。だがやはり中身はまだ子供。自分は両親の間にある違和感を取り除く正義の味方なのだと、胸を張った。謎は金庫の中にある! あの宝箱を開ければ、きらきらとしたがあるんだ! と、胸の前で力強く拳を握った。だが……


 辿り着いた果ての宝箱は、汚いぐずぐずでぬたぬたのだった。汚くて、怖くて、吐きそうで……


 震えた。


 だが見なければ、見た先に答えがあるかもしれないと見続け……


 心が壊れた。


 父が複数の浮気相手とのを撮影した映像も見た。幼い子供にをする作品もいくつも見た。


 人の汚さ、醜さを知った。作品を見ている間に、今まで知らなかった言葉や意味も理解した。どんどんと知って壊れていく。両親に違和感を覚えてはいたが、それがのだと理解した。幼い雅隆まさたかにとっては家の中と両親が全てだった。だがそれは汚いぐずぐずのだったのだ。気持ち悪い……気持ち悪い気持ち悪い……


 ふと──


 と思った。


 そう、いらない。どうせ人間にはみんな汚い中身内臓がある。中身も汚れている。自分はそんなものは


 もしかすれば、中身内臓が汚いから中身も汚いのではないか。中身がぐずぐずだから中身内臓もぐずぐずなのではないか。


 だが自分の中にも中身内臓中身がある。気持ち悪い。考えただけで頭がおかしくなりそうになる。


 出さなければ!


 自分の中から出さなければ!


 だが中身を出してしまえば死んでしまうと知っている。死ぬのは嫌だ。汚い。怖い。気持ち悪い。いらない。死にたくない。


 気付けば雅隆まさたかは吐いていた。吐いて、泣いて、暴れて……


 気を失った。


 目を覚ましたのは、気を失ってから三時間後。日が傾いてきているようで、家の中が薄暗くなっていく。周囲を見回してみるが、父も母もいない。そういえば父は不倫相手と旅行中で、母も不倫をする日だったなと思い出す理解する


 中身内臓中身も汚い両親。吐き気がするほど穢れている両親。だが……


 容姿は整っていたなと思う。中身内臓中身は汚いが、容姿は整っている。姿思い出していれば、幸せな気分になる。中身内臓がなければどんなに綺麗だろう、中身がなければどんなに幸せだろうと思う。


 自分は中身のない綺麗なに囲まれて生きていきたい──と、そんな願望が雅隆まさたかの中で膨れ上がっていく。きっとみんなもそうだ。中身などいらないはずだ。特に容姿が整っている人は可哀想だ。せっかく容姿が整っているのに中身があるせいで汚い。綺麗にしてあげたい。綺麗にしてでたい。綺麗にして……


 そうだ──


 


 これが現在の駿我雅隆するがまさたか誕生の瞬間である。


 父の金庫の中身を確認し、耐え難いストレスを受けたことで成った存在。賢くはあったが未だ幼く、完成されていなかった雅隆まさたかが歪んで整った瞬間とき。気絶している間の雅隆まさたかの脳内で、何があったのかは誰にも分からない。


 だが雅隆まさたかは成ったのだ。過度のストレスによって解離性同一性障害となるではなく、雅隆まさたか雅隆まさたかとして、に成ったのだ。


 そんなに成った雅隆まさたかの最初のターゲットは両親だ。中身は汚いが容姿はとても好みである。中身さえ引き摺り出せば、人として最高の完成品になる。


 ではどうやって引き摺り出すか。素手では無理だ。道具を使うか? いや、おそらく専用の道具がいる。血はどうする? 引き摺り出すならなるべく外身には傷を付けたくない。


 そう色々と考えを巡らせる中で、雅隆まさたかはあることに思い至る。完成品を作ったところで、自分は警察に捕まるのではないか、と。


 そうなれば完成品は没収だ。せっかく完成させたのに、奪われて焼かれてしまう。


 今ではないな。


 と、判断した。何も整った容姿の完成品は、両親である必要はない。自分が見た父のコレクションにも、整った容姿の人間は沢山出てきた。むしろ父や母よりも整っている人間もいた。それに、今の自分では上手く完成品を作れないだろうとも思う。ではどうするか。


 そう、準備するのだ。完成品を作る為の知識を吸収し、警察に捕まらない方法を勉強すればいい。テレビのドラマで見たアリバイ工作や、人を支配するような方法を覚えればいい。


 この考えに達した瞬間、雅隆まさたかは自然と声に出して笑っていた。もはやその笑い声は大人のような笑いで、子供らしさなど欠片もなかった。


 そこから雅隆まさたかは更に考える。とりあえず自分は幼く、親がいなければ何も出来ないだろうと。そうなれば、両親にはいた方がいい。


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