第40話 幕間 2


 私が先程まで書いていた「中not悪魔の日記や駿我杏香するがきょうかの手記」は、鷹臣たかおみが私にくれた原本のコピーである。この資料は警察で厳重に管理されているはずだが……


 鷹臣たかおみに「どうやって手に入れたんだ?」と確認したが、「コピーして貰ったんですよ?」と、意味深な笑顔で微笑まれた。そういえば病室の外で、鷹臣たかおみと美人女性警察官が親しげな距離感で話しているのを何度か見かけたが……


 まさか鷹臣たかおみ……


 ……とりあえず今は考えないことにしている。


 この資料、もちろん世間にも出回っておらず、駿我するがの幼少期の日記であることや、駿我するがの叔母、杏香きょうかの手記であることしか私は知らない。だがこの資料のおかげで、何故駿我するがしまったのかは察することが出来る。


 それとこの資料に出てくる叔母の杏香きょうかなのだが、無事に保護されているようだ。こちらも錯乱状態であり、隔離されているので詳細は分からない。そうなると行方不明の夫や娘が気になるところだが、今のところ私にはこれ以上の情報を得る術は無い。


 おそらく鷹臣たかおみならば知っているのだろうが、それとなく聞いた際には上手くはぐらかされた。本当にこの伽藍胴殺人事件は訳の分からないことが多すぎる。事件について書いている──いや、書かされている私も困惑するばかりだ。


 私はここまで書いた内容に思いを馳せると同時、「なんでこうなっちゃったんだろうな」と、自然と呟いていた。それに対して鷹臣たかおみが「まあ周囲の環境が彼をそうさせたのでしょう」と呟き、言葉を続ける。


「……おそらく彼はギフテッドだ。彼に与えられた特別なギフトを周囲……いや、が歪ませてしまったんでしょうね。彼が幼少期に父の映像データを見たのはなんでだと思いますか?」

「え? なんとなく金庫を開けて……たまたま……」


 「違いますよ」と、鷹臣たかおみが私を鋭い目で見る。


「不安と好奇心ですね。彼はおそらく相当幼い時分から両親の違和感に気付いていた。賢いからこそ不安だったでしょうね。彼はその高い知能で二人を観察し、二人の違和感の正体がおそらく父親の金庫にあると悟った。もしかすれば、あの金庫の中には両親の違和感を取り除く宝物のようながあるのではないかと、好奇心が湧いた。賢い彼にはダイヤル式の金庫の鍵を開けるなど容易かったでしょうね。もしかすれば、それとなく父親が使いそうな数字を探ったのかもしれません。まあそれで見つけたのが父親の。幼い彼には衝撃だったでしょうね。何せ賢い彼でも、もしかすれば生涯知ることもないような汚い世界が、目の前で繰り広げられていたのだから。でもを見なければ違和感の答えを知ることは出来ないと、必死に父親のコレクションを見た。そこで彼は歪んだんです。気持ち悪い中身から目を背け、容姿の整った女性だけに集中した。中身がなければいいのになぁ、中身がなければ綺麗なままなのになぁと思った。まあこれが彼のの始まりでしょうね」


 そう言って鷹臣たかおみは、悲しそうな表情で遠くを見た。


「ギフテッド……か。聞いたことはあるけど、悲しいギフトだな。周囲がしっかり駿我するがをサポート出来ていれば……」


 私のその言葉に「そうですね」と鷹臣たかおみが答え、そのまま壊れていく駿我するがの話を淡々と話し始めた。その際、鷹臣たかおみがふらふらと病室内を歩き始める。時折小首をかしげて質問してくる様は、なんだか馬鹿にされているように感じることもある。


 まあいつもそうなのだが、鷹臣は決定的なことを伝える時、人を小馬鹿にするように動くのだ。私は慣れているが、「そういうところはよくないぞ」と、いつか伝えたいと思っている。


 そのまましばらく歩き回っていた鷹臣たかおみが私を見る。今から話し始める合図なのか、眼鏡をかちゃりと上げた。


「……正直、常人には彼の心の機微は分からない。今から話すのは分からないなりに、無理やり彼の行動に理屈を当て嵌めてみたものです。まあ話半分に聞いてくださいね? ──彼は壊れた心で色々と考えたんでしょう。内臓嫌悪だった彼は、だと思った。整った容姿の父や母の内臓を引き摺り出したい。整った容姿だけの完成品が欲しい。でも父と母にそれをしてしまえば、自分は警察に捕まる。ではどうすればいいのかということになりますよね? ここで彼の中に思い浮かんだのが、父親のコレクションに出てくる数多くの整った容姿の女性たちだ。中には整った容姿の男性も出てきたことでしょう。まあつまり、二つの完成品を作り上げて逮捕されて全てが無に帰すより……父と母のことは諦め、より多くの完成品をバレずに作った方が合理的ではないか、という答えに至った。そこから彼はそのを使い、様々な実験を始めるんです。どうすれば人は自分の思い通りに動くのか、どうすれば警察に怪しまれないのか、どうすれば数多くの完成品を作り上げることが出来るのか……とね。中not悪魔……ナカノタクマに関しては、幼かった彼の言葉遊び程度のことでしょうね。だけど今現在の彼を作り上げたのは幼かった当時の自分。気付けばナカノタクマはしっかりと自分の中に定着していた。その後、彼は父や母、更には父の妹やその旦那さんや娘も巻き込み、実験を完了させた。その結果が伽藍胴殺人事件です」


 そう鷹臣たかおみが言い放ち、私の目をじっと見据える。

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