幕間/全3話

第39話 幕間 1

 ──二〇一六年某日、東京



「お、おい鷹臣たかおみ! それは俺が貰ったお見舞いだ! 勝手に食べるなよな!」


 私がそう叫ぶと、友人の鷹臣たかおみがご自慢の丸眼鏡をかちゃりと上げながらこちらを見る。そういえば言い忘れていたが、私の普段の一人称はである。文章を書く際はと表記しているのだが、なんだか今でもと書く際はむず痒い。筆休めの頁で書いておけばよかった情報だなと、今更になって思う。


 さて、なぜ私が物語に関係のなさそうな幕間などを書いているのかと言われれば……


 この後で鷹臣たかおみとの間に起きた出来事が、伽藍胴殺人事件の重要な根幹に触れ得る出来事だったからである。ひとまずは起きた出来事の記録としての役割がこの幕間である。


雪人ゆきひとは果物が嫌いではなかったですか? せっかく倫正みちまさが青森から林檎を送ってくれたんですからね。美味しく頂かないと申し訳ない」


 倫正みちまさとは、私と鷹臣たかおみの友人であり、伽藍胴殺人事件を私的に捜査してくれた警察官だ。年齢は一回りも違うのだが、倫正みちまさ本人に「友人なんだから呼び捨てで呼べ」と言われ、私と鷹臣たかおみは呼び捨てにしている。


 私は倫正みちまさに頭が上がらない。なぜなら彼は、私のために違法捜査に奔走したからだ。普段は青森の北端に位置する半島の交番勤務なのだが、有給を使ってまで東京に来たようだ。本人は使と言い張っているが……


 倫正みちまさの今後の進退が心配になる。


「べ、別に嫌いな訳じゃない。俺が果物好きだとなんだか女っぽいだろ?」


 そう、私は見た目だけで言えば、完全に華奢な女性だ。と言っても、ちゃんと男性の象徴は付いているし、胸もない。それがコンプレックスで一人称をにしたし、振る舞いもなるべく男に見えるように努めてきた。


 この見た目のせいで私と鷹臣たかおみは、だとよく噂される。


「まあ雪人ゆきひとは黙っていれば完全に女性ですからね。でも今の発言はあんまりよくないですよ? 何も女性だからといって全員が果物を好きな訳じゃない。男性でも果物は好きですし、人それぞれは違う。中身があるからこその人間なんですけどね」

「う、うるさいなぁ。俺だってそのくらい分かってるよ。今のは話の流れでそう言っただけだろ? ……まあでも、駿我するがはそれが理解出来なかったんだろうな……」


 駿我するがとは、伽藍胴殺人事件で捕まった犯人であり、私の担当編集だった駿我雅隆するがまさたかのことである。逮捕されはしたが、実はまだ実名報道されていない。なぜならのだ。駿我するがは逮捕を受け、いくつかの殺人や死体損壊を認めた。証拠もある程度揃い、彼の犯行だということは明白だった。


 だが。逮捕後の駿我するがの様子が


 駿我するがはいくつかの犯行を認めた直後、。更に「中身! 僕の中身が!!」と叫んでのたうち回り、最終的には痙攣して失神した。その上、その現場を見ていた警察官もおかしな証言をしている。


 駿我するがの腹の中に腕を突っ込んで掻き回していた──


 と。


 その後も駿我するがの常軌を逸した状態は続き、を目撃する者も多数現れた。中にはを目撃したことで精神的に不安定になる者も現れ……


 今現在駿我するがは隔離状態である。精神鑑定をすればいいのか、はたまた治療をすればいいのか、もしくは……


 そういった非現実的なを受け入れ、お祓いや除霊といった行為をすればいいのか分からない状況なのだ。


 それもあってこの事件、駿我するがはまだ実名報道されていない。警察も対応に苦慮し、完全に情報を伏せている。伽藍胴殺人事件の犯人が逮捕された──という情報は世間には漏れてしまったが、分からない、理解出来ないことが多過ぎ、ネット上には真偽不明の様々な情報が溢れた。


 その中で駿我するがの実名もちらほらと見受けられるが、真実に到達している者など一人もいない。かくいう当事者の私ですら、世間様よりは理解しているとは思うが……


 分からない。幸いにも警察関係者に知り合いが増えたので、色々と(こっそり)教えて貰っているが、知り得る情報は警察のだけである。を繋げばいいのか、そもそもが起きているのか──


 そして、そんな事件の当事者である私はというと、彼──駿我するがに薬物を接種させられた影響で、今こうして入院生活をする羽目になっている。更にこの物語──文章の「はじめに」の頁でも書いたように、駿我するがに監禁されていた際に見たではなく、別の鷹臣たかおみの話によれば、駿我するがに監禁されていた際に見た田村凛花たむらりんかだということだが……


 そのせいかどうかは分からないが、普段自分が書いている文章とは違ってしまっている。だがそんなことを言っている場合ではない。手を休めていると……


 そのが唐突に私の耳元で「かいて……」と囁くのだ。そんな状況に全く慣れることなど出来ず、囁かれる度に恐怖で漏らしそうになってしまうことは鷹臣たかおみには内緒だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る