第37話 駿我杏香の手記 5/6


「どこまであの当時のことを信じています? もしかして……僕の書いた日記の内容を信じています? 杏香きょうか先生が僕と父の仲を裂こうとしていたことも知っていましたよ? 杏香きょうか先生は僕の父を大好きでしたからね? 旅行は楽しかったですか? よくない遺伝子の掛け合わせなのに、娘さんは元気に育っていますね? もしかしてですけど、一人目の娘は杏香きょうか先生が殺しましたか? ああそうそう。意外と簡単なんですよ? 人を殺し合わせるのって。警察も簡単でしたね。僕が用意しておいた証拠を集め、不倫相手を数人尋問しただけで、後は僕の証言を全面的に信じてくれた。まああの場には僕と父と母しかいなかったので、当然だとは思いますけどね。あの時、不思議に思いませんでしたか? 捜査によっては自分の秘密もバレると思っていたのに、捜査はすぐに終わった。なぜなら事前に色々と大切な証拠は隠していたからですよ? ああ、包丁で父の胸を刺したというのも嘘です。どう捜査されたところで、僕に疑いが向くようにはしていませんから。そもそも日記自体が僕の実験でしたからね。果たして人は自分の思い通りにどこまで行動してくれるのか、というね。分かっているとは思いますが、実験の対象者は杏香きょうか先生ですからね? 杏香きょうか先生は本当に思い通りに動いてくれた。まあ秘密がバレたくないという杏香きょうか先生の気持ちを利用したからなんですけどね? あれ? どうしたんです? 僕の言っていること……理解出来ませんか?」


 私の中のががらがらと音を立てて崩れ落ちていく。この手記の初めにも書き記したが、私は秘密を抱えていた。それはという事実。そして……


 私の娘は、という事実。一人目も二人目も。一人目に関しては、私が中学生の時。そして彼が先程言ったように、一人目は


 。殺したのは娘が六歳の時、ふと魔が差して、階段から突き落とした。幸いにも警察には事故として処理され、私が逮捕されることはなかった。


 今の夫も、私が中学生の時分に子供を産んだことは知っているが、それでも私と結婚してくれた。と言っても、私が愛しているのは今も。だが今の娘は大切にしている。兄とは結婚出来ないが、娘がいれば兄と私が愛し合った証は残る。


 だがここで疑問に思う。いったい彼はいつ、娘が私と兄の間の子供だと気付いたのだろうか。映像データで私と兄の関係を知ったとして、を知る証拠は一つもない。運良く血液型で矛盾はなく、バレることはない。夫も私を疑っている節はない。疑った上でDNA検査でもしなければ、バレることはないはずだ。そんな私の気持ちを見透かすように彼は「なんでバレたんだろうと考えています?」と、優しく微笑んだ。


「何も知らなかったのは杏香きょうか先生だけなんですよ? そもそも僕がこんなことを始めたのは、杏香きょうか先生の旦那さんの存在があったからです。旦那さんはとっくに杏香きょうか先生と父の関係に気付いていました。娘が自分と血が繋がっていないことも知っていました。でも馬鹿ですよね? 旦那さん。僕の父と自分の娘のDNA検査をしたいと、僕の家に何度も訪れていたんですよ。そのせいで。そもそもなんで娘と一緒に来たと思います? そんな込み入った話をするのなら、娘を置いて来た方がいいはずですよね? 本当に馬鹿すぎて笑っちゃいましたよ。聞きます? 聞きたいです? それは……。馬鹿な旦那さんは僕にその現場を見られた。ですがよく出来た娘ですね? 調教は終わっていたんですかね? 僕に「ちょっと痒かったからお父さんに見てもらってた」と言ったんです。面白くてちょっと笑ってしまいました。面白くて杏香きょうか先生の旦那さんに「定期的に娘を連れて家に来て下さい。でなければ全てバラします」と伝えたんです。それから僕と娘の交流は始まりました。さっきから疑問に思いませんか? なぜ僕が娘を名前で呼ばないのか。お願いされたからですよ。娘さんに。娘も多感な時期ですからね。汚く穢れた杏香きょうか先生と旦那さんに付けられた名前が嫌いだそうです。面白いですね? とっくに杏香きょうか先生の家庭は崩壊していたんですよ? でも……正直な話、杏香きょうか先生も旦那さんと娘の関係になんとなく気付いていましたよね? でも追求して問題を表面化させてしまえば、なにかの拍子に自分の秘密がバレてしまうかもしれないと思っていた。旦那さんもそうですね。杏香きょうか先生と僕の父の関係を表面化させれば、もしかすれば離婚になってしまうかもしれない。そうなれば色々とバレる可能性が出てきますからね。娘と離れなければならなくなるかもしれない。なんの膠着状態ですか? 笑うのを堪えるのが大変でしたよ」


 そう言って彼は、その整った天使のような容姿で悪魔のように笑った。


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