第36話 駿我杏香の手記 4/6


なった? 元からですよ? まあでも……僕がのは、父の持っていた悪趣味な映像データのせいですね。父は猟奇的な映像データをたくさん金庫に隠し持っていました。美しい女性が出てくる作品ですね。僕はそれをこっそり見ていたんです。鍵は簡単でしたよ? まあ頭のあまり良くない母は開けることが出来なかったですけどね。その作品に出てくる女性たちがあまりにも整った容姿をしていて、僕は虜になりました。だけど……その女性たちが無惨に殺されるんです。それこそ汚いぬたぬたしたものを撒き散らしてね。初めて見た時は衝撃を受けました。どんなに整った綺麗な容姿をしていても、みんな中身はおぞましいぬたぬたとした物体。と、僕は思いました。せっかく整った容姿で生まれたのに、このきたならしい中身はいらないなと思ったんです」


 彼の言葉が私の中に、みちみちと音を立てて侵入して来るような恐怖が襲う。狂っている。何が狂っているのかも分からないほどに、狂い過ぎている。おそらく彼がその映像データを見たのは、幼い時なのだろう。だが果たして幼い時分にそんなものを見て、という感想をいだくだろうか。私ならいだかない。だが彼は。彼は生まれた時からなのだと、やっと理解した。


 私は涙と嗚咽にまみれながら、彼に性的虐待のことに関しても問いただした。


「ああ。それなら簡単なことですよ。父は幼い子供に乱暴するような映像データも持っていましたからね。痛くて気持ち悪くて正直嫌でしたけど、そうすれば父は喜ぶでしょう? 子供は親を喜ばせるものです。幸いにも両親はどちらも整った容姿をしていましたからね。整った容姿の両親を喜ばせるのは、僕も楽しかった部分はあります。母は自分で自分を慰めている時があったので、最初は手伝ってあげたんです。ですが驚きましたよ? 初めは二人とも怒ったんです。訳が分からなかったですね。でも……」


 「結局は僕を求めてきましたけどね」と、彼が嬉しそうに笑った。


 いよいよもって彼は破綻している。だが話している限りであれば、彼は相当知能が高いように思う。その彼がなぜ、この話を私にしたのか。なぜこのタイミングで話したのか。私にこの話をした場合、どう思われるか、またどう対応されるかを考えなかったのだろうか。彼は「だけどそろそろ話してもいいのだろうと思い、打ち明けました」と言っていたが、と断じた理由はなんなのか……


 私がまとまらない思考で考えていると、彼は笑いながら「なぜ今なのかと考えています?」と、私の涙を舐め上げた。舐め上げた後で「中身がなければ泣くこともないですし、笑顔でいられるんですけどね?」と微笑む。


 私はあまりの恐怖で失禁した。だが彼はそれすらも「ほらぁ、中身があるせいでせっかくの外身が汚れてしまう」と、笑いながら言葉を発する。もはや私は彼が言葉を発しているのかどうかも定かでは無い。歯の根が合わず、がちがちと音を立てる。


 そんな私に彼は優しく「なぜ今だったのか気になりますよね?」と囁く。


 私は震えながら首を縦に振ることしか出来なくなっていた。


「整ったからですよ。全ての順序が整った。杏香きょうか先生はと思った杏香きょうか先生が招いた状況。一つ聞いてもいいですか?」


 私はもはや彼の言う通りに返事をするだけの人形となっていた。私の口からは力なく「はい」という言葉が漏れ出る。


杏香きょうか先生は何故、僕の日記を読んで警察に相談しなかったんですか? 相談するべきでしたよね?」


 その問いに対し、私は「あなたをこれ以上追い詰めたくなかったから」と答えたのだが、彼は「違いますよね?」と言って、そのまま話を続けた。


杏香きょうか先生は警察がすぐに捜査を終えたことに安堵しましたよね? 警察に余計な捜査をして欲しくなかったですよね? なぜなら杏香きょうか先生には秘密があったからだ。警察が再び捜査をしたとして、その秘密がバレる可能性は低い。低いけれども確かにあった。それは……」


 「僕の父とあなたの不貞行為だ」と、彼ははっきり言った。私はその言葉に絶句した。私は確かに彼の父──私の兄とそういった仲だった。警察がすぐに捜査を終わらせたことには安堵した。なぜならおそらく私の兄は、私との行為の映像を保管していたからだ。そして先程彼は、父の映像データを見たと言っていた。私の秘密がバレたのは、つまりそういうことなのだろう。


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