第35話 駿我杏香の手記 3/6
私はこれに関しても、もしかすれば彼は家でだけ不安定な状態を晒すのではないかと、間違った解釈をしていたようだ。確かに授業参観や各種イベントで学校を訪れた際の彼は、年相応の振る舞いをしていた。私はこれをとてもいい傾向だと思っていたのだ。徐々にだが彼は回復し、安心出来る家の中でだけ弱い部分を晒しているのだと。
だが、本当に今になって後悔する。専門でもない私が、精神科医の真似事で彼に接したことを。これが真っ当な精神科医に診てもらっていたら、また話は違ったのかもしれない。だがやはり私は
彼に──
私は彼によって彼を、
彼は人を狂わせる。彼には中身がなく、周りの望む姿に変じてしまう。彼は私の前で大人びた口調で話した後、更にこう続けたのだ。
「
と。
私は混乱した。彼が言っていることがまったく理解出来なかった。それを解離性同一性障害というのではないかと口に出かかったが、言葉を紡ぐことが出来なかった。なぜなら彼が微笑んでいたのだ。私を見て優しく微笑んでいたのだ。
まるで物分りの悪い子供に「仕方ないなぁ」といった様子で微笑むように、私を優しく見ていた。彼に包み込まれるような不思議な感覚に陥り、言葉が出てこない。そんな私に向け、彼は諭すように言葉を紡ぐ。
「簡単なことなんですよ? キャラクターを演じることで内なる願望を解放する。例えばコスプレなんてどうでしょうか。別のキャラクターに成り切ることで普段は出来ないような大胆なポージングが出来てしまう。場合によっては法や条例に違反するような行為も容易く出来てしまう。いや、これだとコスプレをしない
「職業はどうでしょう」と、彼が微笑む。
「人は仕事を与えられることでその役割を演じる。普段の自分と仕事をしている自分。
と、彼がふたたび柔らかく微笑み、「まあつまり、僕のナカノタクマもそういったものです。あくまで演じるためのキャラクターであって、僕なんです。そうなると、僕の望むことはなんなのか分かりますか?
しばらくの静寂が流れた。相変わらず彼は私に微笑みかけているが、震えが止まらない。彼の言っていることは理解した。だが彼の望むことなど分からない。気付けば私の目からは涙が溢れていて、彼が私を優しく抱きしめた。
「僕の望みは……整った容姿の人たちから、穢れきったぐずぐずの中身を引き摺り出すことです。それが倫理的に間違っていることも知っています。だから……だからこそナカノタクマというキャラクターを僕は作り上げたんです。ナカノタクマは正義の味方。せっかく整った容姿で生まれ落ちた人たちを、穢れた中身から解放する正義の味方。
破綻した論理とはこのことなのだろう。彼が言っていることは理解したが、辿り着いた結論には理解出来る部分など一つもない。私は震えながら「なんでそうなってしまったの?」と、彼に問いかけた。
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