第33話 駿我杏香の手記 1/6


 どう書けば彼の異常性が伝わるだろうか。「彼は異常だ」と声高に叫んだところで、彼の異常性は正しく伝わらないのだろう。そこで私は当時のありのままの気持ちを手記として書き上げてみることにした。この手記の初めに書き写した「中not悪魔 ※ある少年のノートに記された文章」を読んだ後でこの手記に目を通して頂ければ、彼の尋常ならざる異常性を理解して頂けることだと思う。また、彼の異常性を伝えるために、私はこの手記でを伏せたまま書き始めることにした。なぜそんな面倒なことをするのかと思われるかもしれないが、そうすることで、当時幼かった彼の特異な知能や異常性が際立つからに他ならない。ここで断っておくが、幼い時分に高い知能を有する者が「異常」だと伝えたい訳ではないことを分かって頂ければと思う。彼が、彼だけが持つ異常性をここに記す。

駿我杏香するがきょうか



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 何故こんなことになってしまったのだろうか。私はただ彼を助けたかっただけなのだ。


 彼を預かったのは彼が十一歳の時だ。彼の両親は狂っていた。父親は私の兄だったのだが、彼が生まれてから徐々に狂っていった。彼が生まれてからは彼の話ばかりで、私は子に対する愛情以上のものを感じて怖くなったものだ。


 また、兄の奥さんも狂っていった。兄の奥さんは家庭環境に恵まれず、天涯孤独の身だったようで、そんな彼女は兄に依存していた。彼が生まれてからも、彼以上に兄に依存していた。


 だがいつからだろうか、兄と彼女は彼に依存するようになっていた。なんとなくだが、二人が彼に性的な虐待をしていることも察していた。それによって彼が、何らかの精神障害になっている可能性も感じていた。私はどうすればいいか悩んだ。普通に考えればすぐに児相にでも通報すればいいことなのだが……


 私は兄のことも好きだったのだ。狂っていたとしても兄は兄。おそらく兄にも狂ってしまった理由があるのだろうし、どうすれば兄と彼を助けられるのだろうかと連日のように悩み、考えた。考えれば考えるほどにどうすればいいのか分からず、精神的に参ってしまう。


 こう言ってはなんだが私の家族はとても仲がいい。夫はそれなりに売れた作家であり、私は縁に恵まれたおかげで、小さいながらも医院を経営している。一人娘(私にとっては二人目の娘)も、そんな私達を大切にしてくれ、将来は医者か作家になりたいと、両極端なことを言っているのが微笑ましい。夫は娘を可愛がり、私にも惜しみのない愛情を注いでくれる。私を休ませるためにと、娘とよく二人で出掛けてくれたりもする。


 そんな家族愛で満たされた私からすると、彼が可哀想でならないし、兄が狂ってしまった理由も分からない。信じられない程に異常な状況から、彼や兄を助けるにはどうすればいいのだろうかと考える日々が続く。そんな中、兄から「妻に殺されるかもしれない」と相談を受けた。そんな馬鹿なと思ったが、「妻は息子に性的な虐待をしていて、証拠もある。私が殺されたらその証拠を使って妻から息子の親権を剥奪して欲しい。その際は杏香きょうかが息子の後見人になって欲しい」と頼まれた。どうやら遺書まで準備していたようで……


 私は「遺書なんて準備するのではなく、証拠があるなら奥さんを今すぐ逮捕してもらった方がいい」と言ったのだが、兄は微妙な反応を示す。おそらくが故のことなのだろうが……


 私はそれを問い詰めることが出来なかった。普通に考えれば兄を問い詰め、すぐに通報するべきなのだろうが、やはり兄を見捨てることはできない。それに「殺される」なんてことはないだろうと、正直思っていた。


 そんな中、彼が十一歳の時分に事件は起きた。兄と兄の奥さんが死んだのだ。警察の話によれば、不倫が原因での夫婦喧嘩の末の凶行だということである。警察もすぐに不倫の証拠などを見つけたのか、それほど捜査もせずに事件は解決。


 不思議なことに、兄が言っていたは出てこず、遺書だけが見つかった。その上早い段階で捜査を終えた警察は、彼が書いていた日記「中not悪魔」の存在にも気付かなかったようだ。私がその日記の存在に気付いたのは、彼を引き取ってから一ヶ月後。とりあえず彼の部屋から持ち出したノートや、様々な小物の中に紛れていた。


 そして彼の日記を読んだ私は、彼の両親の死が。そして、彼が性的虐待の末にとなっているであろうことも知った。


 今となってはここで警察なりなんなりに相談しておけば良かったのだが、私の中で「今更彼を追い込んでどうするんだ」という思いが湧き上がる。彼が日記に書いてあるようにしまったのは、私の兄や兄の奥さんのせいだ。彼は確かに兄を刺したのかもしれないが、それも彼のせいではない。そこまで彼を追い込んだ二人のせいであり、彼は犠牲者なのだと私は考えた。


 幸いにも私は医者をやっている。精神科は専門ではないが、前に目指していたことはある。開業資金などの関係で精神科医を諦めはしたが……


 だからこそ「私なら彼の力になれる」と考えてしまった。今思えば、私も彼の放つに取り憑かれていたのかもしれない。私の兄と兄の奥さんを狂わせた──


 彼はとても容姿が整っていた。まるで大人に愛してもらうためにそうなったかのように、とても人を惹きつける容姿をしていた。私が彼を初めて見た時の印象は、「人形」である。「人形みたい」ではなく、「人形」と言って差し支えない程の整った容姿。相手は子供なのだが、魅入ってしまうを全身から醸し出していた。


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