第32話 中not悪魔 ※ある少年のノートに記された文章 2/2


 あれからしばらく経ちました。僕は今、杏香きょうか先生のお家で治療? をしています。


 あの後でお父さんとお母さんの中身を出そうとしたんだけど、失敗してしまったからです。初めに力の強いお父さんの動きを止めようと、胸に包丁を刺したんです。でもどうやら心臓に刺さらなかったみたいで、驚いたお父さんに殴り飛ばされました。


 大っきい音がしたので、別の部屋で寝ていたお母さんが来ました。僕は頭を打ったのでよく覚えていないのですが、「やっぱりこいつは悪魔だ! 中に悪魔が住んでいるんだ! 殺さなければ殺される!」「嫌よ! 私はこの子に貰わないと生きて行けない! あなただってそうでしょう!?」「お前はこいつの中の悪魔に魅入られたんだ!」「あなただってさっきまでたじゃない!」と、なんだかお父さんさんとお母さんが掴み合いの喧嘩をしていた気がします。


 怖くなった僕は、なんとか警察の人を呼びました。僕が覚えているのはそこまでです。気付いたら僕は病院で、お父さんとお母さんが死んでしまったと聞かされました。どうやら僕が気絶している間に、お互いにたくさん刃物を刺したようです。


 お父さんとお母さんは中身が悪魔のまま死んでしまいました。せっかくかっこよくて美人だったのに、勿体ないなぁと思います。


 杏香きょうか先生はとっても優しいです。僕の話を聞いて「君の中身は悪魔なんかじゃないよ」と言ってくれます。でも僕の中にはもう一人僕がいると言っていました。解離性? みたいななんだか難しい言葉を言われましたが、よく分かりません。とりあえず杏香きょうか先生が言う、もう一人の僕に名前を付けました。「naka not akuma悪魔」で「ナカノタクマ」です。ナカノタクマは正義の味方です。なんだか本当にもう一人僕がいるみたいで楽しいなぁと思いました。


 杏香きょうか先生はお父さんの妹さんだと言っていました。僕の未成年後見人になってくれた優しい人です。本当は養子縁組したかったらしいのですが、杏香きょうか先生の旦那さんが嫌がったそうです。


 杏香きょうか先生がびっくりすることを言ってきました。「中身はみんな一緒なんだよ。君は心と内臓中身の区別が付いていないんだよ」と言ってきました。「いい人も悪い人も、みんな同じ内臓中身なんだよ」と言っていました。「内臓中身がなくなったらみんな死んでしまうんだよ」とも言っていました。


 ものすごくびっくりしました。びっくりして吐いてしまいました。僕の中にもあの気持ち悪いぬたぬたの悪魔がいるんだと思うと、気持ち悪くて仕方がありません。でも僕は死にたくはありません。


 それからいっぱい考えました。相談にも乗ってもらって、ナカノタクマと一緒にいっぱい考えました。いっぱい考えて考えて、気付けば中身に興味がなくなっていました。みんなに同じ悪魔が住んでいるなら、考えても意味がないからです。


 その代わり、僕は整ったものが好きになりました。人も物も整ったものが好きです。整ったものを見ていると、ぬたぬたの中身のことを考えなくて済むからです。


 でもナカノタクマは違いました。整ったものを見ると、中身を捨てたくなるようです。あんな気持ち悪くて悪魔のようにぬたぬたしたには興味がないようです。ナカノタクマは正義の味方なので、やっぱり中身は捨てた方がいいのかなぁと思います。


 初めはかわいい猫さんでした。次はわんちゃんです。杏香きょうか先生が泣いて庇ってくれました。とっても優しい杏香きょうか先生。整った容姿の杏香きょうか先生。杏香きょうか先生には女の子の子供がいますが、旦那さんが僕から遠ざけています。でもその子も、とっても整った容姿です。僕は整った容姿の人が大好きです。


 杏香きょうか先生が旦那さんから暴力を受けているみたいです。どうやら僕のせいみたいです。助けてあげたいけど、子供の僕にはなんにも出来ません。だから杏香きょうか先生に聞きました。「どうすれば杏香きょうか先生を笑顔にできますか」って。


 杏香きょうか先生は「君が笑顔なら私も笑顔になれるよ」と、泣きながら僕を抱きしめました。こんな優しい杏香きょうか先生を暴力で泣かせるなんて、ひどい旦那さんです。


 正義の味方のナカノタクマも怒っています。だから僕は杏香きょうか先生に言いました。「僕が旦那さんの悪魔を引きずり出してあげる」って。でも杏香きょうか先生は「それは絶対にだめ!」と言って、僕を優しく抱きしめてくれます。


 「君はまだ心と内臓中身の区別が付いていないんだよ。だから先生と一緒に区別を付けられるように一緒に頑張って行こう」と言って、涙を流してくれました。


 僕は頑張ることにしました。区別が付くようになったら絶対引きずり出してやるんだと、心に決めました。それまで正義の味方ごっこは禁止にしようと思いました。日記ももう書かないと、そう約束しました。


 

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