第29話 香 5


 かおり凛花りんかが紳士淑女の集いに登録したのを確認し、MASAマサに電話をかけた。その上で他愛のない会話をし、さも今パソコンを見ながら気付いたように「うわっ! 凄いの見つけた!」と声を発する。


 そのまま「こっちの掲示板見てたんだけど、たぶんこれ友達だ。ウケるんだけど。ちょっと画像送るから見てみて」と、凛花りんかが掲示板に登録したプロフィールと写真を添付し、MASAマサに送った。当然のように凛花りんかの容姿に反応するMASAマサ


 この工程は、凛花りんかが顔の分かる写真を登録した事で楽に済んだ。もし仮に登録していなかった場合、かおりがすぐに凛花りんかの存在に気付くのは違和感がある。顔写真がないパターンだった場合、凛花りんかがある程度掲示板を利用し、噂になってからでなければ動けなかったのだ。


 面白いほど自分の思い通りに周囲が転げ回る。凛花りんかの写真を見たMASAマサが「こんな子とやれたら最高だな」と興奮気味に呟いたので、かおりは「やるだけじゃなくて独り占めできるかもよ」と提案する。MASAマサにとってはとてつもなく魅力的な提案であり、悪魔の囁き。


 かおりMASAマサに送ったプロフィールを読む限りでは、おそらくやるだけならば掲示板経由で連絡をすれば可能。だがかおりは「」と言ったのだ。


 MASAマサの脳内にくさびのように打ち込まれた「」という言葉。一時の快楽ではなく、独り占め出来るのだ。圧倒的な美しさと幼さを兼ね備えた、MASAマサの理想を具現化したような儚げな少女。凛花りんかはこの時点で大学四年だったが、MASAマサには神々しく輝く未成熟の少女に見えた。


 これまでMASAマサは何度となく幼い容姿の女性を相手にしている。だがやはり誰もが歳を取っていく。少女から女性へと成長していく。もちろんかおりもそうなのだが、かおりの場合は体と性癖の相性が良かったので、今でも続いているだけだ。


 だが凛花りんかはどうだろうか。時が止まったように幼い見た目のまま成長していく凛花りんか。確かに年齢と共に変化はしているのだろうが、MASAマサの目には不可逆の時間の流れから解放された、唯一無二の女神に見える。まるで幼さがアイデンティティのように残されたその姿。


 この時からMASAマサ凛花りんかの虜となる。「この子を独り占め出来るならなんでもする」と、まさにかおりの思い描いた状態へとなった。かおりに「手に入れるには時間がかかる」と言われたが、MASAマサかおりの指示に従い、じっくりと時間をかけて凛花りんかを攻略していくこととなる。一方凛花りんかは、知らずかおりの策略に絡め取られ、MASAマサとの偽りの幸せを手にすることとなる。


 そんな状況の中、かおりMASAマサとある約束を取り決めていた。「凛花りんかとの行為で加虐嗜好を満たそうとしないこと」「加虐嗜好は私が満たしてあげるので、このまま私とも関係を続けること」「私という存在を凛花りんかに尋ねないこと」という三つの約束だ。「もし仮に破った場合は、凛花りんかに全てばらす」とMASAマサを脅し、かおりは自身が絶頂を迎えるためだけの凛花りんかの熟成期間へと突入した。

 

 そこからは全てが上手くいった。全てが思い通りに進んだ。七年という期間をかけ、ぐずぐずに熟成させた凛花りんかで自分の中を満たすことに成功し……


 かおりは感じたことのない絶頂を迎えた。幸せだった。自分の中が凛花りんかで満たされ、果てのない快楽がかおりを包み込む。


 もうMASAマサもいらなかった。熟成させた凛花りんかが自分の中にいるだけで、何度でも一人で果てることが出来た。更にかおりにとっては最高な流れが出来上がる。正樹MASAの本性を知った凛花りんかが、またしても絶望の淵に追い込まれ、男漁りを始めたのだ。


 正直な話、今回は自殺してしまうかもしれないとは思っていた。だが凛花りんかはまるで確定事項のように男漁りを始めた。「ああ! この子は私を気持ちよくするためだけに存在しているんだ!」と、一人部屋で叫んだのを覚えている。その後、凛花りんかのSNSの呟きや掲示板への書き込みを見て、何度も何度も自分で自分を慰めた。


 だが──


 やはりというべきか、日に日に自分の中を満たしていた凛花りんかが減っていく。どれだけ自分を慰めても乾いていく。頭がおかしくなりそうだった。いや、かおりは自分では気付いていないが、とうに頭はおかしくなっていた。大学時代に初めて凛花りんかに出会い、凛花りんかという存在が自分の中に入ってきた時から、既におかしくなっていたのだろう。

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