第27話 香 3


 それから三年という長い熟成期間を経て、かおりが待ち続けた最高のタイミングは訪れる。それまでに凛花りんかの彼氏と何度も体を重ね、ある程度の会話のルーティンも作り上げていた。かおりが「彼氏が中身を褒めてくれると凛花りんかが言っていた」と言えば、彼氏は「中身なんて見てない。あの幼い見た目を抱きたいだけ」と答え、「私たち体の相性いいもんね」と言えば、「これでお前の見た目が幼ければ付き合ってるんだけどな」といった具合に。


 かおりは今までの経験で知っていたのだ。男は行為中、同じような台詞ばかり言うということを。もちろんそういったルーティンが組み上がるようにも努力はした。かおりが欲している言葉を彼氏が言った時、いつもよりも興奮してみせたのだ。


 大学四年の──凛花りんかが壊れてしまったあの日。凛花りんかの彼氏は「具合が悪い」と言ってデートの約束をキャンセルしたのだが、実はあの流れはかおりが全て操作していた。凛花りんかの彼氏に「彼女との約束をキャンセルして浮気っていうシチュエーションでしてみたい」と。


 もはやこの段階で凛花りんかの彼氏はかおりに夢中だった。もちろん凛花りんかの見た目は何物にも代えがたい程に好きではあるが、三年もかけてかおりたらし込まれた彼氏は、抗いようのない快楽の沼から浮上することが出来なくなっていた。この日のためにかおりは、凛花りんかの彼氏にとって最高の浮気相手を演じ続けたのだ。


 他にも根回しはした。凛花りんかがよく遊ぶ友人たちに「日頃の感謝の気持ちだから受け取って」と、日付指定の遊園地チケットなどを渡したのだ。気持ちよく受け取って貰うための人間関係構築も怠らなかった。もちろん渡したチケットの日付は凛花りんかを地獄に叩き落とすための


 決行日のことを考えただけでかおりは体が火照るのを感じた。高校時代、ウェブサイトで知り合ったMASAマサとの情事も燃え上がった。凛花りんかの彼氏も友人も、笑ってしまうくらい思い通りに動く。全ての場を自分が支配している全能感が、かおりの体を、心を満たしていく。


 そうして迎えた、凛花りんかの絶望を美味しく頂く日。最高だった。最高に興奮していることを、自分の体も示していた。気配で何となく凛花りんかが外にいることは分かった。最初は彼氏の浮気相手が自分だと気付かれないように、上手く体勢を調整。いつも以上に乱れてみせた。乱れながらもここまでに構築したルーティンの会話を重ねていく。素晴らしかった。あれほど人間の目は大きく開くのかと思うほどの、凛花りんかの見開かれた目。声を出したいけれど、出てきてはくれない、だらしなく半開きになった口。


 彼氏も馬鹿なら凛花りんかも馬鹿。みんなみんな馬鹿ばっかり。馬鹿は黙って自分に支配されていればいいんだと思った瞬間、かおりは絶頂を迎えた。


 それと同時、耳をつんざくような凛花りんかの叫びが響く。今でも忘れられない心地よいメロディ叫び


 ああ、このために三年も準備したんだと思うと、達成感と感動で目が潤む。馬鹿な彼氏は焦っているが、もうこいつはいらないなとかおりは思う。茶番のような「ち、違うんだって凛花りんか!」「誤解だから!」「と、とにかく話を聞いてくれ!」という彼氏の言葉が、面白すぎて少し笑ってしまう。


 とりあえずこの後は、MASAマサに火照った体の処理を頼もうと、泣き叫ぶ凛花りんかとアホみたいな台詞で言い訳をする彼氏の横で、メッセージを送った。


 かおりから、毎日が楽しくて楽しくて仕方なくなった。定期的に凛花りんかを追い込むメッセージを送り、MASAマサと体を重ねる日々。もちろん凛花りんかの彼氏は用済みなので捨てた。体の相性は確かに良かったと思うが、MASAマサのようにしてくれないからだ。


 そんな毎日を過ごしながら、かおりはあることを考えていた。それは──


 「三年もかけてこれほどの快感を得られたのだから、もっと時間をかければ気持ちよすぎて死んでしまうのではないか」という狂った思想。確かに今はとても満ち足りている。だが満ち足りたはずのは確実に目減りしていた。


 「またあの快感を味わいたい」という想いが、かおりをゆっくりと支配していく。その想いがかおりの中で首をもたげてからは、どんなに凛花りんかを追い込んでも、心は日増しに乾いていった。

 

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