第26話 香 2


 それこそかおりは、凛花りんかの一番仲の良かった優香ゆうかのことも疑うように仕向けたりもした。運が良かったのは凛花りんかかおりをブロックしなかったことだ。あの当時、凛花りんかかおりから届くメッセージを何度かブロックしようとはしていた。のだが、どうしてもブロックすることが出来なかった。


 嘘か本当かは分からないが、かおりからのメッセージには、凛花りんかが友達だと思っていた相手の心の底が書かれていた。「見たくない」「ブロックしなきゃ」と思いながら、ブロック出来ずに届いたメッセージを見てしまう。それによって凛花りんかはどんどんと追い込まれ、孤独になり、優香ゆうかのことでさえ疑うようになっていた。


 「心配して泣いてくれてるけど、本当は心の底で笑ってるのかな?」「彼氏のことロリコンだって知ってて私に紹介したのかな?」そんな風に優香ゆうかを疑いながら、だがだからといって小学校時代からずっと一緒だった優香ゆうかを信じている自分もいる。優香ゆうかに抱きしめられる度に、涙を流される度に、凛花りんかの心はどんどんと壊れていった。


 自分を心配して抱きしめ、涙を流してくれる優香ゆうかを疑っている自分の方がおかしいんだ。私の。浮気した彼氏も「中身なんて見てるわけないだろ。あの外見を抱きたかっただけ」と言っていた。それは。誰か、誰か。と、凛花りんかの心はぼろぼろになっていく。


 SNSにも「寂しい」「私って見た目だけの存在なのかな」「自分の幼い見た目が本当に嫌い」「だれか私の中身を見て」「中身で繋がりたい」と、呟くようになる。もちろんこの呟きもかおりはチェックしており、それすらも利用して凛花りんかを追い詰める材料に使うようになる。


 凛花りんかがSNSを通じて関係を持った男たちの中に、かおりが手を回した男を紛れ込ませ始めたのだ。かおりは男たちに「凛花りんかを抱く時は幼い容姿を褒めて」「性格とか中身は褒めないで」「むしろ中身をけなして、徹底的に幼い容姿を褒めて」と、指示を出していた。


 徹底的過ぎる程の凛花りんかに対する追い込み。なぜかおりはここまで凛花りんかに拘るのか……


 それは本当に些細な、些細であり、それでいてかおりには許すことの出来ない身勝手な理由。その理由とは──


 凛花りんかの容姿が整いすぎていた。


 ただそれだけである。


 かおりは大学内で有名人だ。大人っぽくて綺麗と評判の整った容姿。ミスコンでも入賞したグラマラスな体型も相俟あいまって、常に男に注目される存在だった。小中高とずっと自分が一番だった。自分の容姿に夢中になる男たちを見るのが堪らなく好きだった。ちょっと危ないウェブサイトを利用し、年上の男性をたらし込んだりもした。


 だがそれも高校まで。大学に進学し、出会ってしまったのだ。


 凛花りんかに。


 凛花りんかは圧倒的に美しかった。幼い見た目だが、整いすぎる程に整っていた。まるで人形が魂を持って動いているかのような現実感のなさ。大学内でも凛花りんかはすぐに噂になり、かおりもその美しさに目を奪われた。だが……


 それが許せなかったのだ。一番は自分のはずだ。男たちの注目を浴びるのは自分であるべきだ。それなのに凛花りんかの可憐で、儚げで、現実感を伴わない圧倒的な容姿に目を奪われている。このままでは自分のアイデンティティが崩壊してしまう。許せない。絶対に許せない。


 それからまもなく凛花りんかは、友人の優香ゆうかに紹介された男と付き合い始めた。しかもと。幸いなことに、凛花りんか優香ゆうかもそのことには気付いていない様子で、これを利用しない手はないと考えた。


 さりげなくかおり凛花りんか優香ゆうかと友人になり、凛花りんかの彼氏とも裏で関係を持つようになった。どうせなら最高のタイミングで凛花りんかを痛めつけてやりたい──


 その思いから、かおりはそのタイミングを三年も待った。待っている間は本当に興奮したのを覚えている。何も知らずに彼氏の自慢話をする凛花りんかが面白くてたまらなかった。途中彼氏の噂が凛花りんかの耳に入ったりもしたが、そこはかおりが上手く立ち回り、また、人を疑うということを知らない優香ゆうかの加勢もあって、凛花りんかが彼氏を疑うことはなかった。

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