香/全6話

第25話 香 1

 ── 二〇一二年、某日


「い、いやぁぁぁぁだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 死に、じにだぐないぃぃぃぃぃぃぃ! なんでなんでぇぇぇ……なんでなんでなんで私がぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあっ!!」


 暗い部屋の中、かおりが両手両足を縛られ、天井から吊るされた縄に首を通した姿で喚く。椅子の上に立たされた状態であり、この足元の椅子が倒れでもしたら死んでしまう。


 かおりは何も身に纏っておらず、その特殊な性癖によって刻まれた痣や傷でただれた体がゆらゆらと揺れる。あまりの恐怖で失禁し、嗚咽と共に何度も吐いた。


 その様子を冷たい目で見る男が、かおりの目の前にはいた。男は喚き、失禁し、嘔吐するかおりに「本当に汚いですね。容姿が整っているのでコレクションにしようと思ったのですが、脱がせてみてがっかりですよ。この痣や傷はもう消えない。僕のコレクションにはふさわしくない。ああ、それ以上汚い中身を出さないで貰えます?」と、まるで汚物を見るような侮蔑の視線を向けてくる。


 そのまま男は「やめて! 殺さないで!」と、汚い叫びと中身を撒き散らすかおりの足元──命をかろうじて繋ぎ止めている椅子を蹴り倒した。


 かおりの体は空中に放り出され、首に通した縄がギチギチと締まる。呼吸が出来ずに意識が遠のき、なぜ自分がこうなったのかを必死に考えながら、藻掻いて、呻いて、中身を垂れ流しながら……


 かおりはその命を終えた。 


 この最悪の結末を迎えるまで、かおりはただただ自分の欲望のままに生きた。憎くて……たまらなく憎くて愛しい凛花りんかが不幸になれば、それだけでよかった。正樹まさきの想像通り、凛花りんかに金庫の鍵の在り処を教えたのはかおりだ。


 わざわざ捨て垢を作り「突然の連絡申し訳ありません。まさか正樹まさきさんに彼女さんがいるとは思わず、関係を持ってしまった者です。まさかとは言いましたが、少し怪しんでいた部分もありまして……正樹まさきさんの携帯電話を覗き見てしまい、凛花りんかさんの存在を知りました。凛花りんかさんの連絡先はそこで控えさせていただきました。正樹まさきさんからは付き合っている人はいないと言われていたので、知った時はとてもショックで……もちろん正樹まさきさんとの関係は終わりにしました。このまま忘れてしまおうとも思ったのですが、どうしても心残りがありまして、失礼だとは思いましたがご連絡差し上げた次第です。心残りと言うのは、凛花りんかさんに対する正樹まさきさんのひどい仕打ちです。正樹まさきさんの家に何度か伺ったこともあるのですが……クローゼットの奥に金庫があるのはご存知ですか? ご存知でしたら、その金庫の中を確認して貰えれば正樹まさきさんの本性……ひどい仕打ちを知ることが出来ると思います。そして、もし可能ならば逃げて下さい。正樹まさきさんは狂っています。です。私も何度か行為中に殺されかけました。と言っても、私も性癖の持ち主です。痛めつけられるのが好きなのです。ですが正樹まさきさんのは度が過ぎて、性癖の私ですら、何度も恐怖を覚えていました。そもそも私と正樹まさきさんは【紳士淑女の集い】という、性癖を持つ人達が集まるウェブサイトで知り合いました。ここまで話せば凛花りんかさんも、私が何が言いたいのか分かったことかと思います。鍵の場所は──」と、鍵の在り処を教えると共に、一つの動画データも添付した。


 そう、かおり正樹まさき行為をしている動画である。


 正樹まさきかおりとの行為を撮影していたのだ。それを二人で見ながら楽しんだことも何度もあり、かおりもその動画を正樹まさきから送って貰っていた。その動画を凛花りんかに送りつけたのだ。


 わざわざ捨て垢まで作って凛花りんかに連絡したのには訳がある。そもそも凛花りんかかおりは大学時代の友人である。そう──


 大学時代に凛花りんかが引きこもり、男漁りにふけるようになった元凶の友人。凛花りんか


 最初からメッセージの相手がかおりだと知っていたら、凛花りんかは怪しんで動画を見ない可能性がある。なぜならかおりは大学時代、引きこもる凛花りんかに追い打ちをかけるメッセージを何度も送っていたのだ。「男には好かれてるようだけど、女はみんなお前が嫌いだよ」「お前が一番仲良い優香ゆうかもお前のこと嫌いなんじゃない?」「まあお前を好きって男もロリコンの変態しかいないけど」「悔しい? 私は楽しい」「お前の変態彼氏と別れたから拾ったら? あいつ下手くそだけど」「お前の彼氏に手を出したのはお前を嫌いだったから」「そういえばあの下手くそをお前に紹介したの優香ゆうかだっけ? 優香ゆうかもあいつが変態だって知ってたんじゃない?」「そういやあいつ、私以外にも手を出しまくってたよ」「もしかして優香ゆうかともヤッてたんじゃない?」「優香ゆうかにも聞いてみたら? まあ優香ゆうかは正直に答えないと思うけど」「あれ? そうなるとお前の味方って誰もいないじゃん」「ああでも、世の中のロリコン共がお前の相手してくれるか」「頑張れロリコンほいほい」「お前のおかげでロリコン共の被害者が減るかもしれない」と、執拗に、徹底的に凛花りんかを追い込んだ。


 そんなかおりからのメッセージは見ない可能性が高いと思い、わざわざ捨て垢を使ったのだ。


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